コンテンツへスキップ

記事: ARASマグカップに湯気立つCAFE FACONのコーヒー。岡内賢治さんが香りと味で、気分と時間を演出する。日常に溶け込んだ「心遣い」とは。【後編】

ARASマグカップに湯気立つCAFE FACONのコーヒー。岡内賢治さんが香りと味で、気分と時間を演出する。日常に溶け込んだ「心遣い」とは。【後編】

ARASマグカップに湯気立つCAFE FACONのコーヒー。岡内賢治さんが香りと味で、気分と時間を演出する。日常に溶け込んだ「心遣い」とは。【後編】

 ARASJournalでは、ご家庭でARASの使い方や盛り付けの幅を広げていくため、定期的に料理人さんとのコラボ対談を行っています。前回に引き続き、CAFE FACONオーナーの岡内賢治さんとARASのデザインを手掛けるsecca inc.代表の上町達也さんの対談です。コーヒーの風味、器との関係性、そして、それらの背景にある「心地良さ」について。

CAFE FACON
中目黒と代官山(ロースターアトリエ)にあるスペシャルティコーヒー専門店。コンセプチュアルな店づくりとオリジナルにこだわったメニュー(自家焙煎コーヒー、自家製スイーツ、サンドウィッチ)。ミシュランガイドで星を獲得している一流レストランをはじめ、国内外で活躍する有名シェフのブーランジェリーやパティスリーでオリジナルのコーヒー豆を提供。201910月には、インドネシアのジャカルタにプロデュース店をオープン。

 

「心地良さ」をデザインする

「おいしい」は、コーヒーを飲む前からはじまっている。主張するモノだけでなく、溶け込んでいる要素の中に、「心地良さ」は隠れているのかもしれません。コーヒーとデザインの共通点。

 ──コーヒーを楽しむ時間、器のある生活など、お二人とも「モノが人へ届いたその先にある感情や景色」まで含めて大切にされているように感じます。どのような点を心がけていらっしゃいますか?

 岡内
「喜んでもらいたい」という想いしかありません。そのために何ができるか。お客さん全員を「自分の家に来てくれたゲスト」だと思うと、やっぱり楽しんでもらいたいんですね。デート、打ち合わせ、一人の時間を過ごすため、会話を楽しむため……カフェには、様々な用途でお客さんが来店します。その時のお客さんを見て、その状況をいかに満足してもらえるか。

 「今日ちょっと元気ないな」と感じれば、「どうすれば元気になってもらえるだろうか」と考える。それが「味」として伝えることができるのか、「コミュニケーション」で実現できるのか。常に、その時にいるお客さんを見ながらリラックスして楽しんでもらえる状況つくるように心がけています。

上町
テクニック以前の要素が大事なのだと思います。数値化できない部分ですよね。そもそも店への愛やコーヒーへの愛など、そういうレイヤーのこと全てが含まれます。例えば、店内に絵を飾るにしても、そこに愛がなければ、額装が歪んでいても見えません。違和感に気付くことができないんです。でも、「お客さんに心地良く過ごしてほしい」「絵を描いた作家さんが最も良いと思える状態で飾る」ということに意識を向ければ、1mmのズレにも気付くことができるはずで。大事にしている想いがあるかどうかが大切な気がします。

岡内
「こういうことをすれば喜んでもらえるんじゃないか」と自分なりに考える。まさに想いの部分ですよね。プロフェッショナルとしての技術や所作を洗練させることが前提ですが、リラックスしてもらえる空間づくりが先にあります。

 例えば、オーダーを取りに行くこと一つにしても、せっかちなお客さんには早くお伺いに行った方がいい。のんびりしたお客さんにはあまり早くテーブルへ行くと急かされている気持ちになってします。人それぞれのペースがあり、それを崩されるとストレスになり、後の味わい方が変わります。同じコーヒーでも、イライラしているとおいいしいと感じない。つまり、一人ひとりのペースと調和することが大事なんです。ベストな状態でコーヒーを味わっていただくためには、環境づくりからはじまっています。

上町
「デザイン」というのは横文字で、ファッショナブルな印象があります。「かっこいいね」と言われるものをつくった方が、評価されているように感じます。ただ、生活に溶け込んでいるところにもデザイナーは存在しています。ロースターのパネルやドアハンドル、公共設備における目の見えない人に向けた点字や足場などのインフラもそうですよね。要は、一見地味だけど、誰かの人生を少しでも良い方向へ導くことに繋がっているもの。そのような価値を生んでいる部分が大事だし、僕自身関わっていたい。

 かっこいいものを作ることはある意味簡単です。自己満足に近い部分があるので。表面的な自分の承認欲求を満たすようなことで、大事なものを見失わないようにしたいと思っています。「人の為」ということが最も心地良いはずなんです。だから、岡内さんのお話には強く共鳴します。自分の「我」のようなものを抑えることで、見える景色があるのかもしれないということが最近の発見です。

岡内
今回、ARASマグカップを見せていただいて、器へのこだわりが僕としてもすごくうれしくて。なかなかここまで想いを込めて作られたカップってないですよね。「デザインはいいけれど、使いづらい」という器は世の中にたくさんあります。この器は、手に持った時に「すごい」しかなかった。「使う人」のことを徹底的に考えている。 

まず、取っ手のカタチ。大きさがしっくりくる。中指が取っ手に引っかかって、これがあるのとないのでは指への負担が全く違う。

 

上町
「てこの原理」によって、握らなくても持てるように設計しています。指でホールドする必要がありません。それゆえ、手への意識が軽減され、自然と味に集中できます。

岡内
意識せずにすっと持てる。ストレスがないんです。器の縁も薄く、口当たりへの心遣いも感じる。外側と内側の曲線部分にもこだわりが見えます。実用性を考えて、スタッキング(積み重ねる)できることもうれしいですよね。「どれだけ考えてこれを作ったのだろう」と。すごい発見というか、可能性というか……出会えてよかった。

上町
僕たちの想いを汲み取ってくださり、ありがとうございます。

色が与える「気分」というおいしさ

岡内
どういう味をつくりたいかは、色で喩えます。風味や香りでそれぞれ色があり、それをパレットで混ぜるようにして独自の色をつくっていく。

上町
風味の可視化ですね。デザイナーの僕にはとてもわかりやすいです。「赤と緑は喧嘩するよ」みたいなイメージですよね。

岡内
柑橘系の味と色で喩えると、黄色や薄い緑になる。ベリー系だと赤やピンク。味の傾向と色が同じなんです。色を重ねることで、どういう風味になっていくのかが見えてくる。

上町
色と風味の関係性はおもしろいですね。人は、色を認識した時に何かしら印象を受けます。先ほど岡内さんの話していた、オーダー時のペースを調和させるか、乱すかで味が変わるという話と近い部分がありますよね。例えば、カップの色の情報によっても味に影響を与える。

岡内
色で、その時の味は変わりますよね。中目黒の店では、様々な柄の器を使っています。毎回、その時のお客さんの雰囲気を見て、選ぶようにしています。いろんな器を楽しんでいただきたいので、基本的には前回来店した時とは違う器をチョイスする。少し元気がなさそうであれば明るめの器を選んだり、仕事でシャキッとしているイメージであればシャープな器を選んでみたり。「観察して選ぶ」ということが僕たちとしても楽しい。

上町
飲む人の雰囲気や気分によって、そのようなアプローチができれば有意義ですよね。これからの仕事における「働く意義」のヒントが詰まっている気がします。マニュアルではなく、働いている人の個性や感じ方によっても、選ぶ器は異なってくる。その属人的な心遣いにこそ、僕は未来の可能性を感じてしまいます。

Restaurant L’aubeさんとのお付き合い

上町
Restaurant L’aubeさんとは十年前からのお付き合いということを聞きました。レストランでも岡内さんのオリジナルブレンドのコーヒーが飲める。日頃、どのような会話をしながら豆を選定されているのでしょうか? 

岡内
パティシエの平瀬さんがデザートを切り替えるタイミングで声をかけていただきます。「次のデザートはこのようなイメージです」と、それを受けてブレンドする。僕は今橋さんと平瀬さん、二人の作る料理とデザートが大好きなので、傾向はなんとなくわかります。メインの料理を聞けば、それに合うコーヒーも決まってきます。ただ、レストランにおいて、コーヒーはメインではありません。デザートに合わせる時は、あくまで主役はデザート。主張が強過ぎてはいけない。料理やデザートに寄り添う味を一番に考えています。二人も僕のコーヒーを信じていただいているのでやりやすいですね。

 次号のJournalRestaurant Laubeの平瀬祥子さんと上町さんとのコラボ対談です。お楽しみに。

 

Read more

ARASマグカップに湯気立つCAFE FACON(カフェファソン)のコーヒー。岡内賢治さんが香りと味で、気分と時間を演出する。日常に溶け込んだ「心遣い」とは。【前編】

ARASマグカップに湯気立つCAFE FACON(カフェファソン)のコーヒー。岡内賢治さんが香りと味で、気分と時間を演出する。日常に溶け込んだ「心遣い」とは。【前編】

________________________________________ARASのJournalでは、ご家庭でARASの使い方や盛り付けの幅を広げていくため、定期的に料理人さんとのコラボ対談を行っています。今回は、CAFE FACONオーナーの岡内賢治さんとARASのデザインを手掛けるsecca inc.代表の上町達也さんの対談です。新商品のARASマグカップとのコラボレーションとして、3つのシーンに合うコーヒー豆を岡内さんにオリジナルでブレンドしていただきました。 ________________________________________《CAFE FACON(カフェファソン)》中目黒と代官山(ロースターアトリエ)にあるスペシャルティコーヒー専門店。コンセプチュアルな店づくりとオリジナルにこだわったメニュー(自家焙煎コーヒー、自家製スイーツ、サンドウィッチ)。ミシュランガイドで星を獲得している一流レストランをはじめ、国内外で活躍する有名シェフのブーランジェリーやパティスリーでオリジナルのコーヒー豆を提供。2019年10月には、インドネシアのジャカルタにプロデュース店をオープン。 《ARAS item》「グリーングレー」「グレー色」「ピンググレー色」3色のマグカップ。_______________________________________ お客さんの「人生の一部」となる 岡内「FACON(ファソン)」は、フランス語で「流儀」という意味です。僕の流儀を押し付けるのではなく、「僕はこれが素敵だと思うから、一緒に楽しんでほしい」というスタンス。コーヒーも、ブラックが苦手であればミルクやお砂糖を入れてもらって構いません。深煎り豆でも「軽めがいい」という人には要望に合わせた風味をドリップで抽出して提供しますし、熱々のコーヒーが好きな人には熱々で提供します。その人が「おいしい」と思う飲み方で楽しんでもらうのが一番良い。上町立ち位置が素敵ですね。この場所には、岡内さんでなければ生まれない時間や体験があります。コーヒーだけでなく、この空間に触れた人がハッピーな気持ちになるきっかけが散りばめられている。お客さんにコーヒーを提供する上で、「味」以上に大事なことなのかもしれません。おこがましいですが、僕たちが価値を置いているポイントと近い感覚だと思っています。岡内「誰が来ても、楽しめる」というカフェが僕の理想です。子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで、分け隔てなくなく来てくれて、それぞれに楽しめる空間。実際に、店に通っていたカップルが「結婚するんです」と報告に来てくれたりすることもあります。お客さんの人生の一部になる、そういう場所でありたいと思っています。 ________________________________________ 上町今回、岡内さんに「一日の始まり」「仕事のおともとして」「夜のほっと一息つきたいとき」の3つのシーンに合わて、それぞれコーヒー豆をブレンドしていただきました。 岡内コーヒー豆は、品種もたくさんあり、土壌によっても個性は異なります。焙煎は、それぞれの豆によって最良の焙煎ポイントがあり、その性格に合わせて焙煎を変えています。焙煎度合いを見極め、実際に焙煎をしながら微調整を行っています。「アフターミックス」といって、それぞれシングルで焙煎した後にブレンドしてイメージの風味へと近づけていきます。 〈一日の始まり〉コロンビア、グァテマラ、コスタリカ 岡内グァテマラの中煎りの豆は、良い酸味とコクと甘味があります。同比率でブレンドしたコスタリカの豆はマイルドでミルクチョコレートのような印象。冷めてくると青りんごのような爽やかな酸味が現れます。コロンビアの豆は単体では個性は薄いですが、全体の味を一つにまとめてくれる役割があります。朝は、「一日のはじまりとして気持ち良くスタートしたい」という気分で。パンと合わせた時にも邪魔せずに、美味しく飲めるブレンドです。〈仕事のおともとして〉エチオピア(ナチュラル)、エチオピア(ウォッシュド)、ケニア、ルワンダ岡内エチオピアのナチュラルの豆をベースに、エチオピアのウォッシュドの豆を組み合わせています。ナチュラルはベリー系、ウォッシュドは柑橘っぽい印象です。そこにケニアとルワンダの個性豊かな豆をブレンド。ケニアは蒲萄っぽく、ルワンダはオレンジのような風味。フルーティなテイストをまろやかに楽しんでいただこうと思い、中煎りにしています。仕事の合間は、少し気分をリフレッシュしたい。香り立つ豆で「気持ちを切り替えてがんばろう」というイメージです。〈夜のほっと一息つきたいとき〉ペルー、コロンビア、ケニア、エチオピア(ウォッシュド)岡内全て深煎りの豆です。飲むとゆっくりと身体に染みこんでいく。深煎りの豆には、食後の消化作用を助ける効果があります。寝る前であれば、ミルクと合わせてカフェオレでお召し上がりいただくとよりリラックスできます。________________________________________ 岡内賢治とCAFE FACON 「コーヒーをはじめたきっかけは?」という問いに、「何でもよかったんです」と岡内さんは答える。大学を卒業後、就職した岡内さんは人事の部署に配属された。入社希望の学生たちと日々向き合う中で、理想と現実のギャップに違和感を覚える。 *岡内僕のことばを信じて入社してくれたのですが、しばらくすると「話が違う」と言って辞めていく者を何人も見てきた。誰にとっても「新卒」は、一生に一回しかありません。とても申し訳ない気持ちになった。次第に、「自分がつくったもので、人に喜んでもらえる仕事がしたい」と思うようになっていきました。 *5年続けた仕事を辞職して、コーヒーの世界へ進んだ。周りからは反対された。既に結婚していた岡内さんには家族を養っていく責任もあった。その時、奥さまが「あなたがやりたいのであれば」と背中を押してくれた。 *岡内コーヒーじゃなくてもよかったんです。きっかけはサラリーマン時代に上司に連れて行ってもらった喫茶店。そこのコーヒーがおいしかったことで惹かれましたが、それ以上に「人に喜んでもらえる仕事」がしたかった。数々のコーヒーショップを巡る中で、ある日、衝撃的な一杯のコーヒーと出会う。苦味の中に、甘味があり、果実のような酸味を感じた。明らかに今まで飲んできたコーヒーとは違った。豆にこだわった、自家焙煎の店。岡内さんの中で、「こういう店をやりたい」という明確な想いが芽生えた。いくつかのコーヒーショップで働いた後、岡内さんはネルドリップの名店「アンセーニュ・ダングル」へと辿り着く。 *岡内アンセーニュは、想像以上に厳しい環境でした。マスターのきめ細かで鋭い感性は、コーヒーの味だけに留まりません。最初は、指摘する部分に気付くことができないんです。例えば、マスターが店の扉に向かって「いらっしゃいませ」と言う。そこには誰の姿もないのですが、次の瞬間、お客さんが入ってくる。あらゆることがそのような調子で、マスターにだけは「見えている」んです。そのことに深く感動しました。「僕たちには気付けないのに、どうしてこの人には気付けるのだろう?」マスターを観察していると、だんだんわかってくるんです。影の動きや微かな物音など、気付くポイントがある。最初は全くわからないのですが、五感を研ぎ澄ませてゆくと気付けるようになってくる。コーヒーの技術はもちろんのこと、所作、立ち居振舞いも美しい。どうしてもマスターの感性に近づきたくて、日々鍛錬を重ねました。 *ダングルに入店した時、岡内さんは32歳だった。はじめの2年は、自由が丘店のマスターの下で働き、3年目からは原宿店の店長を任されるようになる。 *岡内原宿店はダングルの一店舗目でした。マスターが最も思い入れのある場所です。前任の店長が抜けたタイミングでもあり、売上も芳しくなかった。だけど、なんとか存続させなければいけない。責任のある任務でした。 * 苦戦を強いられる日々が続いたが、原宿店に移って3年目、一気にお客さんが増えた。ダングルのマスターの美意識、コーヒーの技術と知識、岡内さんの「人を喜ばせたい」という強い想い、それぞれが調和して「店」という一つの空間を形成してゆく。口コミが新しい客を呼び、リピーターが増えてゆく。原宿店の再生を成功させた岡内さんは、40歳で独立を決意する。2008年9月、中目黒にスペシャルティコーヒー専門店『CAFE FACON』を開業。________________________________________【後編】へとつづく

もっと見る
デザートで華やぐARAS小皿スロープ。Restaurant L’aubeシェフパティシエの平瀬祥子さんによるファッショナブルな盛り付け。自分の「好き」は、気分を高めてくれる魔法。【前編】

デザートで華やぐARAS小皿スロープ。Restaurant L’aubeシェフパティシエの平瀬祥子さんによるファッショナブルな盛り付け。自分の「好き」は、気分を高めてくれる魔法。【前編】

ARASのJournalでは、ご家庭でARASの使い方や盛り付けの幅を広げていくため、定期的に料理人さんとのコラボ対談を行っています。今回は、Restaurant L’aubeシェフパティシエの平瀬祥子さんとARASのデザインを手掛けるsecca inc.代表の上町達也さんの対談です。新商品のARAS小皿スロープ、4タイプのカラーそれぞれにデザートを盛り付けていただきました。今回は、その前編です。 《平瀬祥子》ホテルニューオータニ熊本で料理の世界へ。2003年渡仏。パリ最古のパティスリー・ストレーで研修をスタート、2年後にはパティスリー・パスカルピノー・パリのスーシェフに。エッフェル塔内レストラン・ジュールヴェルヌ・パリを経てレストラン・トヨのシェフパティシエ就任。2011年帰国。エディション・コウジ シモムラ、 レストラン・アイの シェフパティシエを務める。2016年シェフ今橋英明氏とレストラン・ローブ 開業。2018年度版〜2020年度版ミシュラン一つ星獲得。2020年度ゴ・エ・ミヨ ベストパティシェ賞受賞。 《ARAS item》「ブラック」「ホワイト」「グレー」「ピンクグレー」4色の小皿スロープ。 風景を届けるデザート 上町平瀬さんのデザートには、毎回感動させられます。その風味は、「甘い」という形容詞だけに当てはまらない豊かさと奥行きがあり、もはや「デザート」の概念さえも一新させてしまうような体験です。しつらえ、香り、食感、味わい、すべてに驚きがあり、喜びがある。その発想や、盛り付けの工夫について聞かせていただけるとうれしいです。 平瀬よく「どうやって思いつくんですか?」と訊いていただけるのですが、私の答えは極めてシンプルです。「見に行って、そこにあったから」。調理法に関しては、あらゆることを試してみます。焼いてみたり、揚げてみたり、コンポートにしてみたり……試行錯誤の中で決めていくのですが、最も大事にしているのは、土地を訪れること。生産者さんに会いに行き、声を聴き、その景色を観ていると、食材に対して自然と敬意を払うようになります。 どのような想いでつくっているのか、どのようなものを肥料として加えているのか、そこでの会話がヒントとなります。いちご畑の隣にハーブが生えていると、その香りの心地良さから、いちごとハーブを合わせたデザートにしてみたり。バラを育てている畑の隣でビーツを育てている光景を見て、その組み合わせを思いついたり。その時の景色、香り、音、肌で感じるすべてが影響しています。それぞれ一つずつのピースを足していくと、立体的な一つの味わいになっていきます。   上町風景を届けている。フォトグラファーが写真を撮ることで風景をアーカイブするように、平瀬さんは風景をデザートとしてアーカイブしている。僕たちが、ランドスケープを器へ落とし込むことと同じだ。 平瀬お客様にデザートを説明する時は、できるだけ自分が接客してお伝えするようにしています。「なぜ、このデザートをつくったのか。それは、こういう景色を観てきたから」という体験も含めて。知識が加わることによって、味わいが変わる。 上町実際に僕が平瀬さんに接客していただいた時、いちごのデザートに対して「探検するように食べ進めてください」と説明を受けました。それも、平瀬さんの体験がベースになっているからこその提案ですよね。生産者さんの声や土地での体験からインスパイアを受けたことの連鎖が、盛り付けに反映されている。 上町4種類のカラーのARAS小皿スロープに、それぞれデザートを盛り付けていただきました。 〈チーズケーキ〉 平瀬色味から考えました。チーズケーキの黄色と、ドライクランベリーの赤が惹き合っていた。それは、いちごやラズベリーなどのフレッシュフルーツの鮮明な「赤」ではなく、乾燥したクランベリーのくすんだ「赤」。もちろん、味わいの相性の良さもあります。チーズケーキの形状として、どうしても焼き色だけが見えてしまうので、ケーキを立てて断面を見せた方がお皿の色が引き立ちます。あとは、「胡椒があるといいな」「少し塩を足してみよう」と、自分の好みでケーキを仕上げてゆくようなイメージです。 〈ガトーショコラ〉 平瀬ウィンナーコーヒーを飲みたい気分で盛り付けました。たっぷりクリームがあった方がおいしそうだったので、砂糖7%入れた生クリームをやわらかく立てました。その上から、砕いたクルミと削ったクルミの2種類をまぶします。カリっとした食感を楽しんでもらいたいのですが、それだけだとナッツの風味が強くなり過ぎる。全体のバランスを考えて、クルミを削って散らしました。食べた時に、ナッツの風味がふわっと訪れ、その後にクリームとショコラの濃厚な味わいが押し寄せます。 〈キャラメルショコラ〉 平瀬アーティストの気分で、視覚的な動きを意識しました。私がフランスで働いていたレストランには陽気なシェフがいました。彼はテンションが上がると、「オレはアーティストだ!」と言って、指で器にデザインするんです。ホワイトチョコレートに赤い色粉を混ぜて、血しぶきのようにバーっと散らしてみたり。厨房は汚れて大変だったのですが、彼の芸術家ぶりが印象的で。そこからソースをかける時は、私もアーティストの気分になって大胆にかけるようになりました。1人分のキャラメルショコラを器に盛るだけでは動きがありません。だったら、ソースで遊ぼうという発想です。 〈マカロン〉平瀬ハロウィンの時期になるとマカロンに絵を描いて、リピーターのお客様にお土産としてお渡ししていました。最初はハロウィンの絵を描いていたのですが、それが次第にレース模様になり、そこからお渡しするお客様に合わせた模様を描くようになっていきました。「この人、かわいい系が好きだろうなぁ」と思ったらかわいい動きを描いたり、「この人、いつもおしゃれだなぁ」と思ったら洗練されたレース模様を描いたり。みなさん、「こんな絵柄だよ」とお互いに見せ合って喜んでいただける。その光景を見ていて、私もとてもうれしくなります。 【後編】へと続く

もっと見る