9月8日、ARAS初の電子レンジ対応の器『ヒートコレクション』が発売されます。
一年以上に渡る開発を経て、今までご要望の多かった電子レンジ対応のプロダクトが完成しました。キャッチフレーズは「温める。保存する。盛り付ける。」、忙しい日常の中でも日々の食卓を豊かに彩る器です。つくった料理を電子レンジで温め直したり、保存容器として冷蔵庫に保存し、そのまま明日の食卓に並べることも。「深鉢ロッカク」「平皿ロッカク」それぞれサイズは大中小の3サイズ展開、カラーは、ブラック、グレー、カーキ、レッドブラウンの全4色展開です。
発売を記念して、ARAS開発者の石川工業株式会社専務取締役の石川勤さんと、プロダクトデザインを手掛けるクリエイティブチームsecca代表の上町達也さんにインタビューしました。
石川勤/開発者(石川樹脂工業)
上町達也/プロダクトデザイナー(secca)
嶋津/インタビュアー
ヒートコレクションが生まれたきっかけ
──ヒートコレクションの生まれた経緯をお聞かせください。
上町
これまで3年半、ARASの開発を続けてきた中で、お客さまから「電子レンジの利用はできますか?」という問い合わせやご要望がたくさんありました。器である以上は、陶磁器や硝子などと同等の体験ができて当然のこと。ただ、ARASとしては、ユーザーのみなさまに素材の良さを楽しんでほしいという想いがありました。それが結果として、普段使っている器でできていたことができなくなることは僕たちの本意ではない。当初から、そのジレンマを抱えなら器づくりに取り組んでいました。ただ、見方を変えれば、そこがちゃんと担保できさえすれば、素材の良さとも本当の意味で向き合ってもらえるということでもあります。その中で、「レンジ対応は本当にできるのか」を議論し続けてきました。
石川
一方で、ベーシックコレクション(既存のシリーズ)の時に妥協して素材選びをしていたわけではありません。ARASは「食体験を支え、豊かにする」を指針にしてきたからこそ、こだわりを持って素材を選定してきました。
ARASの特色でもあるカラーバリエーションの豊富さはもちろんのこと、汚れの落ちやすさ、食洗器の対応、漂白剤への耐久……など、機能面でクリアしなければならないポイントはたくさんありました。一口に“樹脂”と言っても様々な種類があり、それらの機能を実現するための技術を要します。
石川
「電子レンジに使えて当然」というご意見をいただく中で、初期のわたしたちは素材の色の豊かさや汚れの落ちやすさを優先するというかなりエッジの効いた提案をしていました。ベーシックコレクションの素材で電子レンジ対応のプロダクトをつくることができれば最もなめらかで、美しい解決策だったと思います。しかし、様々な検証の結果、わたしたちたちの中では「難しい」という回答に至りました。
機能面だけで言えば、つくろうと思えばつくることができます。現にそのようなプロダクトは世の中に流通しています。ただ、耐久性や品質、何より「永く使えて、食体験を豊かにする」という意味で、わたしたちの基準には至りませんでした。要は、自分たちが納得できなかったんです。安心・安全な素材の選定、豊かな色彩、形状へのこだわり、どこにも妥協なく向き合い続ける──相変わらずARASらしく遠回りしてつくったように思います。
素材・形状から考え直さなければならない。まさに1からの再スタートになったのです。
どんな時に、電子レンジを使うのだろう?
新たな問いとして「電子レンジを使うということは、どういうことなのか?」から考えはじめたARASチーム。ここからコンセプトが生まれてゆきます。
上町
まず、電子レンジを使いたくなるシーンから考えはじめました。
たとえば、忙しい世の中なので、家族が同じ時間に食卓を囲むことができない時が多々あります。お父さんだけ帰りが遅い、お母さんだけ帰りが遅い、塾帰りのお子さんのお夜食に…など、同じ屋根の下で暮らしている家族であっても、食事の時間がずれることは少なくありません。
「心を込めてつくった料理を、おいしい状態で食べてほしい」
それが、つくり手側の気持ちにあるものです。ARASをご愛用してくださる方は、おおむねご家庭で手料理を楽しんでいる機会が多いのではないでしょうか。「おいしく食べたい」という食べる側の気持ちもありますが、僕たちとしては食べてもらう側の気持ちも大切にしたい。単に“電子レンジ対応”という機能面だけでなく、そこにいる人の心の欲求を満たす器でありたい。時間がずれた時でも、心を込めた料理を温め直して、おいしく食べてもらうこと。そこが、はじめに僕たちが想定した具体的なシーンでした。
明日へつなぐ、こころをつなぐ
料理を翌日や翌々日のためにつくり置きすること、調理の過程で料理を冷蔵庫の中で休ませておくこと、それらもすべて「おいしく食べてもらうため」、明日につなぐためにつくっている。
上町
これらのシーンを想定した上で、「保存ができて、温めることができる」という課題に対してシンプルに考えるとタッパーウェアのような容器が求められます。ただ、それだとどうしても無機質になってしまう。そのまま食卓に並べると不格好ですし、別の器に盛り付け直すと洗い物が増えることになります。食卓の彩りや、つくり手の負担を考えると、まだそこに相応しい選択肢がないことに気付きました。
器自体が、保存容器にもなり、温め直せるものであり、既存の器と並べても遜色なく、豊かな食体験を支えるもの。チームで議論を重ねるうちに、どういうものをつくろうとしているのかがだんだんクリアになってきました。
素材
ARASでは新商品のコンセプトができると、少なくとも半年以内に発売まで進めることが通例だと言います。今回のヒートコレクションでは、チームのみなさんは一年以上かけて開発に取り組んできました。「電子レンジ対応であり、色も豊かに表現できる器。まず、そこが大きな壁でした。」と石川さんは話します。
石川
技術者として、そもそも「電子レンジとは何であるか」というところから考えはじめました。マイクロウェーブの構造を知り、料理によって温まりやすさが異なることなど“電子レンジ”が起こす現象を一つひとつ理解してゆきました。
最も時間がかかったポイントは、素材と形状です。素材が変わると、汚れの落ちやすさも変わります。特にレンジで温める料理は、調理の段階で加熱処理が施されているケースが多く、汚れが残りやすい傾向にあります。
「電子レンジは使えるけれど、汚れが付いてすぐに使えなくなっちゃった」では、本末転倒になってしまいます。そこは丁寧に検証していかなければいけません。表面の加工も含めて、技術的にいかに詰めてゆくのかに相当の時間をかけました。
ARASらしさのある「食体験の豊かさにつながるアプローチとは何か」を追求した結果、ようやくコンセプトに相応しい素材の選定と、それを生かしたデザインが完成しました。
デザイン
上町
六角形であること、サイドがくびれていること、上蓋があること。それらが、今回のデザインにおける具体的なソリューションとなっています。
六角形は、テーブルに器を並べた光景を想像して導き出されたカタチです。複数の料理をシェアする時に、センタープレートのように中央に並べることができます。六角形なので横の器と連結して一つの大きな器として利用できる。
また、冷蔵庫で一度休ませる時には、なるべく冷蔵庫内のスペース効率を良くしたいですよね。たとえば、丸い器は見た目にかわいいですが、スペース効率を考えると相応しくない。とはいえ、四角だとおもしろみがない。並べること、スペースを有効に活用できるという点から、自ずと六角形になりました。平皿と深鉢を組み合わせ、保存容器としてもお使いいただけます。
サイドのくびれは、持ち運びの際の手へのフィット感を。冷蔵庫に器を出し入れする際に、限られたスペースの中では器の下に手を潜らせづらい。そうすると、両手で持ち上げることが所作としては最も適しているのではないでしょうか。その時に、サイドがくびれているので、手にフィットしてしっかりと重心を支えることができます。
かつ、器を裏返しにして、クローシュ(料理の上にかけるカバー)のように使用することも想定されています。他の匂いが移らないように、あるいは、空気が乾燥し過ぎないように。たとえば、焼き菓子やケーキ、肉まんや焼売などの際に活用できます。上下反転させる時でも、どちら向きでも持ちやすいデザインが施されています。
上町
また、大中小ある器をネスティング(マトリョーシカのように中に重ねる)でき、最小スペースで収納できます。同じ形状であれば、上に積み重ねることも可能です。それらは、「食体験に集中してほしい」という想いからの設計です。
サイズは大中小の3サイズ展開、カラーバリエーションは、ブラック、グレー、カーキ、レッドブラウンの全4色。これまでのベーシックコレクションの世界観と馴染みやすい色調に。
上町
今回、唯一レッドブラウンのみが既存のARASにはなかった色味として登場します。これは、「我々のもう一歩先の挑戦として、みなさまに提案したい」という意志表示でもあります。単純に同じ色を出すのではなく、新しいヒートコレクションがみなさまと共に価値を紡いでゆくための一歩目になれるよう。その想いを込めて、新色を一色付け加えました。
──六角形という形状になると、角の汚れが落としづらいのではないかと思うのですがいかがでしょう?
上町
その点は既存のマグカップと近い発想です。内側の汚れが溜まりやすいところが、可能な限り丸みを帯びたデザインを施してあります。食洗器でも、スポンジでも、なるべく汚れが落ちやすいような形状を意識してディティールを設計しました。
かつ、その重さのバランスなども同じです。軽いと使いやすいですが、どうしても安っぽい印象を与えてしまう。マグカップの時と同様、洗いやすさに加え、底のたまりを利用して重さも設計しました。
──上蓋になる平皿ロッカクは、普段使いのお皿としてもとても使いやすそうですね。
石川
上蓋と呼んでも良いのですが、わたしたちの考えとしてはお皿であることの方が、実は優先順位は高いんです。お皿であって、蓋にもなる。
ヒートコレクションも「温めるための器をつくろう」ではなく、「温めることもできる器をつくろう」という想いが根底にありました。深鉢はもちろんのこと、上蓋となる平皿もただの“フタ”ではなく、器として十分に使用できるデザインと機能性です。
上町
電子レンジで解凍する時、ラップを使用しますよね。ラップのゴミを捨てる時に、どこかモヤモヤした気持ちになる。ARASが大切にしているサステナブルの考え方として、ヒートコレクションでは上蓋があることによって、ゴミを出さない一つの回答になるのではないかと思っています。
「温める」が一つの選択肢としての、新たな器
多くのユーザーさまから「電子レンジ対応の器が欲しい」というご要望をいただいていたと同時に、意外にも「電子レンジが使えなくても大丈夫です」という声が多かったと言います。それらの言葉は、料理する楽しさを日々体感されているからこそ生まれるのではないかと想像します。どちらの想いも適うような器を追求すること。
石川
だからこそ、ベーシックコレクションの素材だけを変えるのではなく、わたしたちARASにとってもう一度「電子レンジを使うシーンとは、どういう時なのか?」を考える必要がありました。両方のお客さまの声があったからこそ、完成した器だと思っています。
開発を進めてゆく中で、「どうして、既存のカタチでつくらないのか?」という質問を受けることが何度かありました。
先ほど申し上げた通り、ベーシックコレクションとヒートコレクションでは素材の種類を変えています。それらの違いは品質の良し悪しではなく、シンプルに「性質が異なる」ということ。既存のシリーズの素材では電子レンジ対応の器をつくることができず、今回選定した素材では既存のカタチは(今の技術では)再現できません。素材の魅力を最大限に引き出したという意味でも、ヒートコレクションの意匠は、ARASなりの「電子レンジ対応の器」の一つの提案です。
今回の開発によって、素材に関しての理解を一層深め、わたしたちの技術的なポテンシャルも実感しています。今後、新たなシチュエーションに対応するデザインも検討し、ベーシックコレクション・ヒートコレクション共に、アップデートしてみなさまに喜んでいただけるラインナップを増やしてゆく予定です。
ARASには蓄積がある
──プロダクトが完成した今のお気持ちを聴かせてください。
上町
この3年半の間、新しい素材と向き合いながら、工芸的な樹脂の製品をつくるというプロセスと一貫して続けてきました。今回の素材も、色味や表情を引き出すためには数えきれないほどの工夫と吟味が必要だったわけですが、ARASチームが今まで積み重ねてきた技術や方法の中で「ARASにとって良い器とは」という共通認識がありました。
僕たちには3 年半の蓄積がある。ARASを立ち上げた当初に、いきなりヒートコレクションからつくりはじめていたとしたら、相当に難航していたと思います。今回は試作の段階から、僕たち開発チームが積み上げてきたものを感じた喜びがありました。あくまでもつくっているのは人であり、このチームである。このチームだからこそできた器だということに自負があります。
新しい素材であり新しい提案であるがゆえに、僕たちが想定していないネガティブな状況が訪れるかもしれません。たとえそのようなことが起きても、その経験を次の開発に繋がる材料として、次の器づくりの精度をより高めてゆく。伝えてくださったお客さまと共にアップデートしてゆくことができるプロジェクトになればという想いがあります。
石川
今までARASを支えてくださったリピーターのみなさまのおかげで、このような開発ができています。新しいお客さまだけでなく、既存のARASを手に取り、喜んでくださったお客さまに「こういうARASの商品を待っていた」と思ってもらえると本当にうれしいです。
そこから幅が広がり、食体験がより豊かになり、日常がますます楽しくなってゆく。
ARASの器がそこまでみなさんの気持ちを運んでゆくことができれば、何も言うことはありません。その先に、お客さまが「ARASちゃんとがんばってるな」と思ってくださることが何よりです。
「毎回、新商品のリリース前は不安な気持ちになります」とはにかみながら語る石川さん。その姿が印象的で。細部に渡り気を巡らせ、妥協なく器づくりに向き合うお二人は、プロダクトに対する想いはもちろんのこと、それらが届いた先のみなさんの気持ちを何よりも大切に想っている。それが、お二人らしさであり、ARASらしさなのだとあらためて感じました。
ヒートコレクション。
ARASは、技術も想いも積み上がっている。
インタビュー/編集:ダイアログ・デザイナー 嶋津