「環境にいいとは何だろう?」~次世代の常識『LCA』を学ぶ~

いつもお読みいただきありがとうございます。
2020年のブランド誕生からARASでは「サステナブル宣言」を掲げ、積極的に環境問題に取り組みながら食器づくりに邁進してきました。
常に「環境にいいとは何だろう?」という問いと向き合い、その都度チームメンバーと議論する。
わたしたちにできることは、今の“最善の答え”を導き出すこと。
そして、その“答え”はこれから訪れる未来において、絶えず更新されてゆくものだと思っています。
わたしたちが成長することが、より良いモノづくりにつながる。
その過程もユーザーのみなさまと共有できるならば、これほどすばらしいことはありません。
そのような想いを込めて、今回のjournalをご紹介できればと思います。

ARASチームの環境問題へのリテラシーを高めるため、この度、LCA(ライフサイクル分析)を専門に研究されている東北大学の松八重一代教授と立命館大学の山末英嗣教授をお招きし、金沢未来のまち創造館にてお二人に講義を開いていただきました。



ご一緒に「環境にいいとは何だろう?」と考えながら読んでいただけると幸いです。

【LCA(Life Sycle Assessment)】

製品やサービスに対する環境影響評価の手法のこと。資源の調達から、廃棄・再資源化までの一連の流れ(資源採取―原料生産―製品生産―流通・消費―廃棄・リサイクル)の中で、問題点を明らかにし、環境負荷や社会的な側面について可視化する。

環境にいいとは何だろう?

「たとえば、飲料水のボトル。一度きりの使い捨てにするか、洗浄して再利用できるリターナル瓶にするか。どちらの方が、環境にとっていいでしょうか?」

LCAの概念を解説しながら松八重教授は、会場に集った参加者にこのような質問を投げかけた。参加者たちはそれぞれに考えを巡らせ、いずれか一方に挙手した後、教授はこう続けた。

「この問いに対する答えは“場合による”です」

一見、何度でも使用できるリターナル瓶の方が環境に良さそうに感じるが、瓶の回収にも輸送コストがかかる。輸送距離が長くなればなるほど、その分メリットは減っていく。また、リターナル瓶として扱うためには、使い捨てのボトルよりも高い強度が求められる。自ずとひと瓶あたりの資源量は増え、さらには硬く、厚く加工する。結果的に、製造時の環境負荷も上がることになる。

近距離圏内で効率的に回収できるのであればリターナル瓶の方が効果的だが、回収率が低くなると使い捨てボトルの方が効果的になる。つまり、「どちらの方が環境にいいか」という問いに対する答えは、条件次第で変わる。

「これがLC(ライフサイクル)の視点です」

松八重教授のそのことばで、講義がはじまった。



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環境リスクの現状

環境リスクの話題になると、何より先に地球温暖化が挙げられる。気温上昇やそれに伴う気候変動がもたらす影響は全世界共通の問題であり、人類にとって一丁目一番地となる課題だ。パリ協定では2050年までに温暖化の原因となる温室効果ガスの排出量を全体として差し引きゼロの状態にすること(*ネットゼロ)が求められている。
*排出量を削減するだけではなく、森林による吸収量や除去量を考慮した合計でゼロを目指す目標

素材の面からはモノやサービスを生み出す段階からリサイクル・再利用を前提に設計し、新たな資源の調達や消費を抑えること。そのような「サーキュラーエコノミー(循環型社会)」の概念を導入することで一次資源の消費を削減することを実践している。

松八重教授:
リサイクルとして再資源化するだけではなく、同時に「永く使う仕組み」を考えていかなければいけません。炭素排出を削減し、循環資源を活用し、さらにそれらに関わる経済活動も活発化していく。それらのことが今、わたしたちに求められています。

さらに、企業活動では*ネイチャーポジティブまで踏み込んだ議論が行われている。単に資源の使用量を減らすだけでなく、保全したり、回復させたり、質を高めたり、積極的な社会への貢献が求められる時代へと移行している。
*自然生態系の損失を食い止め、回復させていくことを意味する言葉

環境正義(Environmental Justice)

環境リスクについて議論する中で重要な考え方が「環境正義」だ。フェアネス(公平)やイークオリティ(平等)などの概念を実現するためには社会的な正義が求められる。それは、持続可能な発展のベースを支える考え方だ。

たとえば、温室効果ガスについて。世界規模では、富裕層は全体の10%と言われている。対して、明日の食べ物にも困っている貧困層は50%を占める。ところが、温室効果ガスの排出量の割合はその逆で、全体の50%を富裕層が排出し、貧困層はたった10%に過ぎない。
気温が上昇しても、富裕層はエアコンなどによって温度調整して快適な生活を送ることができるが、それらのインフラが整っていない地域では熱射病で命を落とす人もいる。また、温度の上昇に伴い、蚊を媒介とした疫病が発生するリスクもある。温暖化の原因の大半を富裕層が生み出しているにもかかわらず、その影響を大きく受けるのは貧困層なのだ。

松八重教授:
“正義”という概念では、これらの問題は公平とも、公正とも言えません。だからこそ、富裕層の人たちはこれらの問題を回避する仕組みや技術を導入する責任が求められるのです。

また、温暖化だけではなく配慮しなくてはいけない課題はいくつかある。たとえば、大気中に含まれる窒素はPM2.5や酸性雨などを引き起こしたり、わたしたちの飲み水や海洋生物の生態系にも影響を及ぼしている。窒素一つをとっても、それが大気汚染や水質汚染へとゆるやかにつながっているのだ。まずは、それらの問題の存在を知ることからはじめなければならない。

光があれば、影もある

講義の間には質疑応答の時間が設けられた。ARASメンバーからの質問によって、さらに理解を深めてゆく。

質問:
世の中では、なぜか「プラスチックが悪で、紙が正義」という文脈があります。時代によって正義は変わるものだとは思いますが、その認識を捉え直すためには、どのように考えていけば良いでしょうか?

松八重教授:
物事の捉え方は、光の当て方によってどちら側にどのような影が現われるのかは異なります。プラスチックが問題視されているのは、発展途上国における不適正な処理と、それが海洋に流れてしまったことによる環境への影響だと考えられます。今、その部分に光が当たりはじめ、問題が浮き上がってきています。

とはいえ、デメリットだけでなく、当然メリットもあります。プラスチックや(マイクロプラスチックの元となる)化学繊維が登場したことで、わたしたちは安価で丈夫なモノを使用できたり、あたたかい洋服を着ることができて風邪をひく人も少なくなりました。

その時々によって、重要視して守らなければならない内容は変わります。つまり、世間がどこに注目しているかということです。合意形成のための重みづけをどの軸で判断するかによって、何を優先させるかを議論する必要があります。

消費者として何ができるか

持続可能な社会を築く上では、わたしたち消費者の意識や行動が重要になる。まずは、環境リスクの存在を知ること。次に、普段の生活で使用しているもの、食べているものはどこでどのように生み出されているのかを知ること。そして、環境に配慮した製品や食材を選ぶこと。それらの指標として、エコラベルやエコロジカルフットプリントなどがある。

【エコロジカルフットプリント】

製品やサービスが生産、使用、廃棄される過程で発生する環境影響を数値化し、比較可能な形で示すための指標。CO2などの温室効果ガスの排気量を評価するカーボンフットプリントや、水の使用量と質に関する環境影響を評価するウォーターフットプリントなど、さまざまな種類がある。

モノ(商品)を選ぶ上で、これらのラベルや数値が判断材料となる。それは、決して「これを買わなければならない」という義務を与えるものではなく、わたしたちが自由に選択するための手がかりとして機能する。



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見える化

「“見える化”すれば、人間の行動が変わる」

山末教授は、資源採掘の観点からLCAについて話してくれた。温室効果ガスは温室効果ガスは聞きなじみがあるため誰もが“自分ごと”として意識しやすいが、対照的に鉱山資源は誰もが意識できるものではなく、ある意味ローカルな課題とも言える。普段の暮らしの中で、自分たちの行動が環境にどのように影響を与えているのかを実感することは難しい。山末教授は、それらの課題を数値化して比較可能にできることを教えてくれた。



山末教授:
知のギャップを埋めなければ、消費者はたとえいい行動をしたくてもできません。わたしたちの仕事は、データベースをつくり情報を“見える化”すること、そして、わかりやすく伝える方法を開発することです。

たとえば、車などに使用されている鉄は、鉄鉱石を採掘することで手に入れることができる。燃料となるガソリンもまた、油田を掘削することで抽出する。つまり、地球を「掘る」という営みがなければそれらを活用することができない。

「では、“牛肉”はいかがでしょう?」と山末教授はわたしたちに質問した。

牛肉は採掘して出てくるものではない。しかし、一頭の牛を育てる背景には必ず「掘る」という行為が存在する。牛を育てるためには飼料が、飼料を得るためには畑が、さらには肥料も必要となる。肥料に含まれるリンは、リン鉱石から採掘する。また、飼料を収穫するためには重機も、それを動かすための燃料も…牛肉1㎏を得るために要した諸々の要素を加算してゆくと、その重さのおよそ50倍の量を採掘しなければならない計算になる。それはTMRという単位によって計算される。

【TMR(Total Material Requirement, TMR)】
関与物質総量。具体的にはTMR係数(1単位の製品やサービスを提供するために必要な採掘活動量 単位:kg-TMR/kg, kg-TMR/L, kg-TMR/kWh等)
〈TMRデータベース〉
https://www.ritsumei.ac.jp/~yamasue/tmr/index.html

山末教授:
わたしたちが何を食べるかによって、数値は変わります。肉類の消費が増えれば数値は上がる。そういう意味では、肉類の消費を抑えることは重要なポイントです。ただ、“食”は文化でもあるので、一概に「食べるな」と言って制限できません。これらの指標は、生産方法やフードロスの観点から、アプローチを改善することに役立つと考えています。


人間の経済活動の根源には必ず「掘る」という行為がある。あたりまえのように使用しているモノも、食材も、元を辿れば資源の採取に行き着く。ただ、この「掘る」という行為によっても問題は生まれている。

山末教授:
鉄鉱石は、鉱石によっては、地中20~25mにあるものを掘る必要があります。採掘のために、鉱山の表面にある木々は伐採されることになる。困るのは、そこに住む鳥やムササビなどの動物たちです。彼らは木やその幹に巣をつくり生活をしている。たとえ、「*カーボンニュートラル」と言って後から植林したところで、彼らの巣がなくなってしまったことに変わりはありません。
*温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること

また、廃棄物を堆積させた鋼(こう)滓(さい)ダムの問題もある。ブラジルでは、2019年にとある鋼滓ダムが決壊し、土石流となって人や車を飲み込み大惨事となった。多数の死者と行方不明者を出したその事件は記憶に新しく、そしてそれと同等の規模の未管理の鋼滓ダムは450基ほどあり「時限爆弾」と呼ばれている。

山末教授:
それらを健全に管理するためにもデータが必要で、わたしたちは採掘活動の定量化を試みています。

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LCAと社会

山末教授:
重要なことは、LCAのリテラシーを持つこと。恐怖の多くは「知らない」に起因しています。知識を得て、知った上で一人ひとりが選択する。その選択は個人の自由だと思います。これからの社会、多様性が一つのテーマになります。そして、それを担保するために必要になるのが“知識”です。研究者としてのわたしたちの役割は、知識を届けること。

加えて、わたしは環境問題に対する無関心層をなくすことが重要だと思っています。そのためには子どもたちへの教育が重要です。「赤信号は止まる」といった基本的な交通ルールと同じ感覚で、食品の背後にあるラベルをチェックできるようになれば。そのために、よりわかりやく便利なシステムをつくることが大事だと思います。



松八重教授:
リン鉱石の世界最大の鉱山はモロッコにあります。モロッコは周辺の紛争と関わっていて、鉱石を調達することによって武装勢力に資金を流すことになり、結果的に紛争を激化することにつながっています。そのような観点から、一部の地域で採掘されるリン鉱石は「紛争鉱物」とも言えるものがあります。

ライフサイクルにおける負荷の影響は、環境側面だけでなく、社会的な側面でもあります。どれだけ温室効果ガスを排出しているかだけでなく、その素材をつくるための資源がどこからやってきたのかを知ること。その資源が社会的な混乱を招くところから運ばれているとしたならば、循環資源を活用することはそれらのリスクを減らすことにもつながっているとも言えます。

場合によってはコストもかかり、温室効果ガスの排出が増えることもあるかもしれません。ただ、使用以前の段階でさまざまなリスクを回避できるのであれば、そこには社会的な意味があるのではないでしょうか。

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最後に、山末教授は環境政策や教育のビジョンで希望を描き、松八重教授はわたしたちの前に大きな「問い」を置いてくれました。
消費する立場として、その都度「環境にいいとは何だろう?」と問い直すこと。
着目する点によっても、条件によっても答えは変わります。
その時々で最善を尽くすこと。
LCAに関する知識はもちろんのこと、環境問題に向き合うための姿勢がより明確になりました。
今後も、ARASではユーザーのみなさまにより良い提案をするためにも、そしてみなさまと共に理解を深めていくためにも、さまざまな学びの場を設けようと考えております。

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