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記事: 約二年の開発期間を経て、誕生した ARAS の開発の裏側。 石川樹脂工業と secca が目指した「食器の新たなカタチ」とは。

約二年の開発期間を経て、誕生した ARAS の開発の裏側。 石川樹脂工業と secca が目指した「食器の新たなカタチ」とは。

約二年の開発期間を経て、誕生した ARAS の開発の裏側。 石川樹脂工業と secca が目指した「食器の新たなカタチ」とは。

樹脂の持つ美しさを引き出し、永く使える、使いたくなる食器を創る


なぜARASという新ブランドを立ち上げたのか?そこには、メーカーである石川樹脂工業の「素材で世界を変えたい」という想いとデザインを担当するseccaの「素材の力で食体験をアップデートしたい」という想いの交わりがあった。素材の力を最大限に引き出し、これまでにない食器をカタチにすることでより良い食体験を届ける。


左から:secca 柳井友一さん、石川樹脂工業株式会社専務取締役 石川勤さん、secca代表 上町達也さん

seccaの上町さんと柳井さんは、様々なレストランの料理人へのヒアリングを通して、彼ら(彼女ら)が共通の問題を抱えていることに気付いた。それは「使用している大事な器が割れる」という悩みだ。100席規模のレストランでは、月に平均で20万円相当の器(50アイテムほど)が割れるのだという。レストランの規模が大きくなればなるほど、業務要員としてスタッフの人数を増やす必要に迫られる。経費がかさめば、その分だけ器や料理に対する理想を求めることは難しくなる。オーナーや料理人は「割れる」という前提で器を選ばざるを得ない。そうなると一枚にかける予算も限られてくる。彼ら(彼女ら)の声を聴くうちに、上町さんと柳井さんの中で「質の高い、割れない器があれば問題を解決できる」と考えるようになった。

新たな商品開発には、器をつくる立場としての二人の考えも動機となっている。陶磁器は一度焼成して素材を変質させると、割れて不要になったものは埋め立てゴミにするしかない。「土に還らないゴミを生み出し続ける」という状況に対して二人は強い問題意識を持っていた。

「一概に割れる素材が悪いとは言い切れません」

上町さんは言う。「割れるからこそ良い」という側面もある。硝子や陶磁器にしか出せない味わいやドラマがそこにはある。それらは代用の利かない魅力であり、料理人の表現の幅を広げる。二人は、既存の素材の長所を尊重しつつ、料理人にとって新たな選択肢を提示するためにイメージを膨らませていった。

 

樹脂製の器が上質なレストランに選ばれてこなかった理由

割れない素材の代表格は樹脂素材───いわゆる、「プラスチック」だ。樹脂素材の器は古くから存在するにも関わらず、これまでにハイエンドレストランで使用されてこなかった。そこにはいくつか理由がある。

それは消費者の過去の記憶に基づいている。磁器はレストランなどでも使用されている素材で、硬質なカトラリーと触れて奏でる音を含めて高品質なものとして私たちの印象に残る。それに対して樹脂は、小さな頃から〝おもちゃ〟のような製品やアウトドア用製品のような〝使い捨て〟のものに多く採用されている。

私たちは、硝子や陶磁器や木を胎に用いた漆の器を〝本物〟と呼び、これらの外見を模倣し、「割れない」という機能のみをアドバンテージとして生み出した製品を〝ニセモノ〟と呼ぶ。器を創る側も、使う側も、素材の差によってヒエラルキーを生んできた。


人間には本来「自然物」を美しいと感じる習性がある。海に沈みゆく夕陽、春満開の桜、秋に色づく紅葉を見て不快に感じる人は少ない。それと近しい感覚で、工芸品の「素材が自然現象から自ずと生み出した表情や揺らいだ形状」に対して人は美しいと感じる。複数枚同じデザインの器が並んでいても、それぞれに微妙な表情の差が生まれ、テーブルの上が無機質になることはない。



それに対して、量産の仕組みで生まれた樹脂製品は基本的に金型を用いられるため、無機質な形状のものが多い。材料の均質が「是」とされてきた世界だけに、ムラのない質感のプロダクトがほとんどである。結果的に個別差が生じずにコピーしたような表情となり、消費者に飽きられやすい傾向にあった。



さらには「質量」の問題もある。樹脂は硝子や陶磁器と比較して、その軽さゆえにしばしば〝安っぽく〟感じられる。例えば、磁器でつくられた飯碗と同じ形状の樹脂製のそれを並べた時に、手に持って比べてみると、後者の方が軽くてペケペケした音から安っぽく、幼児用の器だと感じる人が多い。

これらの要因は、視点を変えれば長所となるのだが、ハイエンドレストランでは「場違いなもの」として印象を与えることにつながった。量産された樹脂製品はある側面から見れば、この素材にしか実現できない強みがある。それを活かした上で工芸品のような自然な「ゆらぎ」を実現できれば、これまでにない視点で樹脂製品を見てもらえる可能性があるのではないかと上町さんと柳井さんは考えた。

 

石川樹脂工業の技術

口に「樹脂」と言えど、様々な素材が日々生まれている。石川樹脂工業はそれらを積極的に発掘し、これまでに独自の精製技術を洗練させてきた。

「硝子や陶磁器と肩を並べ、用途や表現によって選択できるプロダクトを生み出すことができれば、結果的に使う人にとってより良い食体験につながるのではないでしょうか」

石川さんはそう語る。同時に上町さんと柳井さんの課題でもあった環境問題の悪役とされている樹脂(プラスチック)に対する誤解を解くことができるかもしれない。このような思考から、石川樹脂とseccaはプロの料理人がハイエンドレストランで上質な料理を提供するシーンで使える佇まいを意識してデザイン構想を練っていった。



自然のモチーフを理性的に設計する

以上のような「樹脂の欠点を克服し、長所を活かすデザイン」を基軸として、石川樹脂とseccaは商品開発に取り掛かった。今回採用したのは、硝子入りトライタン樹脂というリサイクル可能な新素材。トライタンはPlakiraでも採用し、「割れない食器」として多くの顧客から高い評価を受けた。一方で、硝子のような透明感を訴求していたため、傷が目立ちやすく、その比重の軽さからハイエンドレストランとの相性に課題が残っていた。

今回、その課題をクリアするために、強靭なトライタンにさらに硝子繊維を織り交ぜることで比重を高めた。形成した製品に意図的に色ムラを発生させ、工芸品のような表情を持たせる。硝子繊維の含有量を微調整し、樹脂の射出条件を練り直し、何度も工場と試作をつくり続けた。そして、ついに素材が生み出す自然なムラのある成形条件を割り出すことに成功した。



造形に関しては、樹脂製品の多くに見られる数学的で無機質な造形とは対照的なアプローチに挑戦した。食事を美味しくするためにプレートの表面に凹凸を設け、ソースのあるウェットな料理とドライな料理が共存できること(ソースが移動して他の料理に影響しない)や、焼いたパンを載せた時に蒸気が裏面に籠って蒸れないような機能を設計することを目標とした。

通常の金型設計の感覚で設計を行うとデジタル設計ツール(3DCAD)の数学的な造形によって、 規則正しいストライプ状の凹凸の連続やドット状に盛り上がった凹凸の連続などを採用しやすい。ところが今回は、原型として石膏でブロックをつくり、理想的な凹凸量を意識して、自然界にある造形をモチーフに手加工によって凹凸形状を作成し、その原型を3Dスキャンすることでデジタルデータに取り組む手法を採用した。



3DCADで設計したのは、裏側をフラット面にしたり、液体がこぼれないような縁、手加工で形づくった凹凸量を微細に調整するに留め、基本的には手加工で作成した凹凸をデザインの骨格として、デジタルの匂いを意図的に排除した。その結果、造形はこれまでの方法では到底生み出すことのできない有機的なフォルムとなり、先述した硝子入りトライタンの自然にできるムラと掛け合わせ、大量生産の樹脂製品には現れないような自然な佇まいを実現することに成功した。



重要な点は、決して硝子や陶磁器の「真似」ではなく、樹脂素材でしかできない自然な表情(=おそらく皆が目にしたことのない質感)を追求して生まれたこの素材ならではの顔つきであるということだ。 それは「自然まかせ」ではなく、「自然」というモチーフに対して強い意志を伴って設計された。

この先にあるもの

「樹脂という素材が海洋ゴミの一番の原因と言われているが、悪いのは捨てる行為や捨てられるようなものだと思っています。この問題に対する答えは明確です。永く使いたくなる樹脂製品であること。そんなプロダクトになることを願っています」

三者による鼎談はこの希望的な言葉で締めくくられた。

secca プロフィール

伝統工芸から最新のテクノロジーまで、様々な技能を持つ「職人」。考え抜かれた美しさを創り出す「アーティスト」。過去の歴史から学び、未来へと求められるカ
タチに、アップデートする「デザイナー」。食と工芸の街、金沢を拠点に、さまざまな視点からそれぞれの長所を活かしものづくりをするクリエイター集団。様々な体験を進化させ、手にした人々の心を動かすことを目標にものづくりの可能性を探求している。

 

石川樹脂工業プロフィール

石川樹脂工業株式会社は、石川県加賀市山中温泉地域で質の高い漆器木型作成し、輪島地方に販売することから始まった。その後、樹脂成形メーカーとして時代の
変化とニーズを常に捉え、新しい技術への挑戦を通じて時代の先端を走り続けてきた。創業当初から付加価値の高い樹脂製品を手掛け、大量生産の安いプラスチック製品とは一線を画すモノづくりを標榜してきた。その延期にある新ブランドARAS では、自社独自の成形技術と環境に配慮した素材を用いて素材の面白さを広げていきたい。

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Restaurant L’aubeでしか味わえない食体験。 今橋英明さんと平瀬祥子さんが料理を通してお客様へ届ける 〝おいしさの向こう側〟。器からのインスピレーションと記憶に残す感動のつくり方。

Restaurant L’aubeでしか味わえない食体験。 今橋英明さんと平瀬祥子さんが料理を通してお客様へ届ける 〝おいしさの向こう側〟。器からのインスピレーションと記憶に残す感動のつくり方。

Restaurant L’aubeのオーナーシェフ今橋英明さんとシェフパティシエの平瀬祥子さんへお話を伺いました。ARASの器からインスピレーションを受けて、二人が創作してくださった料理を紹介しながら、今橋さんと平瀬さんの出会い、そしてRestaurant L’aubeの哲学に迫ります。 Ouverture〈序章〉 海が近い農地、特に露地栽培で育った野菜は、豊富な滋味深さ、しっかりとした味わいや食感、個性を持ちます。  5月31日(日)の神奈川県の横浜市と鎌倉市の境にある私が以前就農していた畑には、新玉ネギ、新ジャガイモ、少しとう立ちして厚みを帯びたレタス類、春の名残りの黄かぶや黒大根、初夏を告げる胡瓜、ズッキーニの若芽、初取りの隠元、まだ青いトマトや茄子が梅雨入りを待っている状態でした。夏を前に香りが強くなるミント、コリアンダーやルッコラ、フェンネルの花が軽く湿度を帯びた潮風に揺れて強く芳しい香りを放っています。  ───お二人が出会う以前のお話についてお聞かせください。  今橋フランスのニースで修行していた店(KEISUKE MATSUSHIMA)の東京店として、Rstaurant-Iは2009年に開業しました。私は、立ち上げからその店に入ることになるのですが、一年を経たずして退職します。  その折に、鎌倉のとある店から「シェフとして働かないか?」というお誘いをいただきました。出身が横浜だったこ  ともあり、私はその提案を受けました。そこで鎌倉野菜と出会います。  「野菜をつくりたい」   「食」と関わる仕事は、料理だけではなくともいろいろな方法がある。そのような想いから、農業をはじめました。生産者のもとで週5日働き、残りの2日をレストランで過ごした。  半年ほどそのような生活が続いたのですが、農業中心の仕事から、次第にレストランで働く時間が増えていきました。   「今橋くんはやっぱり料理人なのだから、望まれているなら戻った方がいいよ」  生産者である野菜農家の加藤宏一さんのその言葉が今でも深く心に残っています。そして、Rstaurant-Iへ戻ることを決めました。一年ほどシェフの右腕として働き、その後、同店のシェフとなりました。  その時、店ではパティシエを募集していました。いないわけではなかったのですが、とりわけ適任の人物がいたわけではなく。固定のパティシエを求めていました。  「フランスでパティシエをしていた腕の良い女性がいます」  当時、私の二番手を務めてくれていた子が、心当たりのある人物を知っていました。その時、面談に来てくれたのが平瀬: 祥子さんでした。 平瀬ちょうどどこか別の店に移ろうと思っていたタイミングでした。一時期、体調を崩して休養をとっていた期間がありました。その後、「人手が足りない」という理由で友人の店を手伝ったのですが、それはあくまでも〝手伝い〟でしかなかった。自分が考えたものであっても、お客様の前へは友人の名前(シェフの名前)として出されます。極端な表現かもしれませんが、そこには私の責任はない。  もう一度〝シェフ〟という立場で仕事がしたい。  そのタイミングで「Rstaurant-Iがパティシエを探している」と、声をかけていただきました。 Prelude〈出会い〉 玉ねぎはフライパンで焼くことで、土の香りを出しつつ、火を入れることによって辛味が甘味へと変化していきます。新ジャガイモはゆっくりと塩茹でし、ホクホクに。隠元はさっと塩茹でし、すぐに冷やし、食感を残します。茄子は煮浸にし、胡瓜はスライスして塩とレモンのフレーバーを帯びたオリーブオイルで軽くマリネ。根菜類は2mmにスライスして、氷水に晒し、食感と厚さがもたらす野菜の滋味を引き出し、水分をしっかりと含んだレタス類は軽く洗ってそのまま使います。 調理を通して野菜それぞれの個性を引き出しているのでしっかりとした野菜本来のおいしさを五感で味わうことができるサラダとなります。私の就農経験も合わせて、この料理が相応しいと思いました。 ──お二人のお互いの印象についてはいかがでしたか?   今橋キャリアもそうですが、一度お会いすれば「仕事ができる」ということはわかります。パティシエとして、ぜひ入っていただきたいと思いました。 平瀬信頼のある人物という印象でした。  例えば、後輩が野菜などの食材を雑に扱ったりすると、「これをつくった人が、どのような想いで育ててきたのかを考えろ」と、そのように指導している姿を見て、驚きました。普通だったら、もっとざっくりと怒りますよね。「つくり手の気持ちまで考えなよ」というのをしっかりと伝える。きっと生産者としての経験があるからなのでしょう。器にしてもそうです。「自分がものをつくる人間だったら、ものをつくってくれている人の気持ちを考えてていねいに扱わないといけない」と常に言っていました。そのように指導する人をはじめて見ました。 今橋人の気持ちを汲み取ることを強く意識したのは、今平茂シェフとの出会いが大きかったように思います。私がキャリアをスタートさせたのは、横浜にある霧笛楼という店です。今平シェフの下で6年半働きました。「技術よりもまず人格」という言葉をいつもおっしゃっていて、人として大切なことを優先する人でした。当時、料理の世界に入ったばかりの私は右も左もわからない状態で。新しい現場に行く度に、今平シェフの言葉が深く染み入るように、身体的に理解していったように思います。鎌倉での生産者としての経験も大きかったです。しもやけで赤く腫れた手で芥子菜を摘んでいるおばあちゃん。朝4時に作業小屋に出てきて、野菜を収穫している姿。そのような光景を見ていると、それぞれがつくり手で、何かを生み出している。そこに対する感謝や敬意というのは忘れてはいけないと思っています。  平瀬さんとの出会い、時を同じくして、今回器のデザインをされたseccaさんを紹介していただいた───。 纏めるソースは、干し甘海老の旨味を凝縮させて、魚醤、オリーブオイル、唐辛子を加えたソースです。干し甘海老は、この器をデザインされたseccaの方々と初めてお会いした時に、「金沢にこういうものがあってね」とご紹介された思い出がある食材です。その時につくったソースは、ただ食材を粉砕してオリーブオイルとニンニク、唐辛子と合わせただけのものでした。感覚でつくったわりにおいしくできた記憶があるものの、改めて思い返してみるとまだ荒削りでした。あれから約7年が経ち、次回メニューでこのソースを昇華させたいと思って試作をしていた矢先に今回のお話(ARAS Journal)をいただきました。seccaさんも石川樹脂さんと手を組み、過去の経験からヒントを得て、新たな材質によって技術を昇華させていくというタイミングということもあり、それらの背景を含めて良いチョイスだなと思いました。   L’aube 〈響き合う物語のはじまり〉 ───どのような経緯で、Restaurant L’aubeを開業されたのでしょうか? 平瀬二人が「独立を考えている」と話しはじめたタイミングは同じ頃だったのではないでしょうか。私はもともと「一人で店をしたい」という想いがありました。周囲には「一人でスィーツバーのようなものをやりたい」ということを話していました。開業するに当たり、いろいろと調べたりしていたのですが、どうしてもお菓子づくり以外の部分が弱い。経理関係や経営について、私にはできないのではないかという不安はありました。   今橋様々な経験をさせていただく中で、「他人の哲学の中で仕事をする」ということに窮屈さを感じはじめていて。そのことが原因なのか、体調を崩すようなことも起きていた。「シンプルにやりたいことだけやりたい」という想いから自分ですることを考えはじめました。レストランというのは絶対に一人ではできません。右腕がいて、左腕がいて、もちろんシェフという責任者がいる。平瀬さんも「店をしたい」という想いがあったことは知っていたので「一緒にやってみないか?」と声をかけました。タイミングがいろいろと重なった。 自然が創造した美しさと、人が創造した美しさの絶妙なハーモニーを生み出すこと。 《その瞬間にしか存在しない美味しさ》を創りつづけること。 ここから私達の物語が始まる。そんな想いを込めて「L’aube(ローブ)」と名付けました。 生産者のこだわり、その風景、季節の移ろい、日本とフランスの食文化が響き合う、新たな美味しさ、愉しさ、心地よさと、それらが誕生する美しい瞬間をお届けしていきます。 〈※Restaurant L’aube  HPより〉 Restaurant L’aubeの料理は、小さなフィンガーフードがあり、5皿料理が出て、デザート2皿、それから最後にチョコレートが出てきます。まずは手で触ってもらって、触覚で体験し、味覚で味わいながら、温度や匂い、音など、いろいろな変数の振り幅を持たせながら表現していく。 その瞬間にしか存在しない美味しさ  今橋 私は、食材というのは〝リレー〟だと思っています。野菜を育てている人がいたり、魚を捕獲する人がいたり、それを仲卸してくれる人がいたり……料理人として私はそのリレーの途中にいる。食材をお客様の口元に運ぶためには、それらのことを明確に説明できなくてはいけません。 例えば、「長崎の五島列島の魚屋の林さん(気合いの入った女性です)は、海中放血神経締めの処理をスジアラに施します。割と型の大きな魚は、その処理をすることで長期熟成をさせることができます」という風に。 おいしさの向こう側  今橋〝シェフ〟という「料理を考えなければいけない立場」になった当時は、自分の経験からでしか料理はつくれなかったので、今までにつくったことがある料理をなんとなく自分でアレンジしていました。  ただ、「おいしい」ということは当然なのですが、いろいろな方とお会いする中で、〝おいしさの向こう側〟が一番大事なのではないか、と感じるようになりました。そこをもっと追求していきたい。そうすることでRestaurant L’aubeにしかないものになっていく。  例えば、器であればつくり手の想いがあり、「このような着想を得てつくりました」という物語があります。それが料理の要素とリンクしていれば、点と点がつながる。互いにつながった点は新しい物語を生みます。  それを伝えることで、お客様が口へ運んだ時に納得してくださります。「おいしい」という感情に、「そうなんだ」という納得が加わる。感情と同時に脳が満たされていく感覚です。どの店に行っても料理はみんなおいしいんです。そこに何かロジカルな要素があると、料理が輝くのではないかと思います。それは自分が食べていても感じます。 平瀬その時々によって違いますが、私の場合は「自分が食べたいもの」から発想するかもしれません。  また、デザートには一般的なスィーツやおやつとは異なり、コースを締めくくる役割があります。お客様の反応を見て、「コース料理が重たいかな」と思えば軽めにしたり、反対に完食していたとしても「お腹が減っている」という声が聴こえてきたりすると、味付けを濃くしたり、糖分で調整したり。お客様の反応を観察しながら、リアルタイムで現場に反映させていきます。  器に導かれる料理  「豊かな大地」は滋味深い野菜を育ててくれます。サラダの語源はラテン語で「塩をする」という意味に由来しています。海の波紋をイメージして制作された器から、母なる海がもたらしてくれる「ミネラル豊富な大地」と「塩」を連想しました。    ───お二人のアイデアや表現の源泉はどこから?  今橋今回の器では、きっとここに乗せてほしいのだろうという平らな部分が端にあった。「波紋の形状によってソースが混ざるように」とそれぞれの配置をイメージした時に、「ああ、これは野菜だな」ということは考えていました。それはもう、手にした瞬間に。  平瀬最初にseccaさんのLandscapeのお皿を購入させていただいた時に、「この器だからこそできる」という体験と出会いました。器の中に円形がたくさんあって、それぞれに高低差がある。そこでは、一般的なフラットな器では思いつかないアイデアが生まれます。 今までお店でつくっていたデザートとは全く違うものになっています。この器だからこそできる料理というものが生まれてくる。 乗せる部分が少ないから、必然的に料理を細かく分けることが求められます。分けた時に、食感や風味を少しずつ変えてみたり。そこからバラエティに富んだアプローチが生まれます。例えば、木にまつわる香りのデザートをつくった時は、時間の移ろいを含めて森の中を散歩しているようなイメージだったり。 また、Landscapeの器には「すべらない」という素材の特徴があります。そのマットな質感を活かして、桃や洋ナシなどの水分の多い果実を立体的に盛り付けることができます。一番下にすべりやすい桃を置いても、重ねていくように飾り付けをできたり。 この器だから実現できる表現ですよね。  平瀬なみなみとした器の形状と、飴細工の波打つ形状が、良いハーモニーを生むだろうと連想しました。見た目の凹凸の部分と薄い飴細工がさざ波のような共鳴を起こします。このドレッセ(盛り付け)にすることを決めてから食材を選びました。ドレッサージュは、seccaさんの器のデザインからインスピレーションを受け、元はシンプルなデザートをお皿の形状に沿う飾りを施すことでドレスアップしていくイメージです。器とのコントラストを考えて、明るい色にしました。飴細工と花を白にして、器の白と一体感を。  今橋例えば、海が見えるテラス、森林の中にある冷涼な別荘地、あるいは丘の上のレストランで出てきたらかっこいい。やはり白や黒は太陽に映えるので、お日様の下で食べるような食体験になるといいですよね。どのような場所やシチュエーションで出すのかを考えることでイメージは拡がります。波紋は視覚として楽しんでいただけるように大きなスペースを空けました。あえて、端につくった平らな部分に野菜を乗せ、奥から手前にカトラリーで野菜とソースを一緒に運んでいただくことで、波紋という形状が機能してソースがよく絡みます。器のデザインと料理のおいしさを一緒に楽しめる一皿ではないでしょうか。  平瀬店でseccaさんの器を扱うことは、二人の中では暗黙の了解になっていました。scoopを見た時に、ただただファンになった。ファンというのはコレクターのような性質があって、やっぱり違う形の器もほしくなるじゃないですか。「これ、すごい。見たことない。ほしい。何に使う?わからない。でも、何かできそうだよね」って。  今橋平瀬さんの言う通りで、最初から決まっていました。seccaさんの器を見た時に、自分たちと一緒にこれから長いお付き合いできる方々なのではないか、と。プロダクトだけでなく、人の部分でもそのことを感じていましたので、必然というか。つくってくれたものにいつも驚きがあったり、「この器に盛るには、どういう料理がいいだろう?」など、それをすごく考えさせてくれる器が多いので。一緒にお仕事をさせていただいて、すごく楽しいです。 Postlude〈L’aubeのこれから〉 ───レンストラン、あるいは、料理人としての在り方や目標などはありますか? 今橋それがないからできるのかもしれないですね。形になってしまうとそこで終わってしまいます。自分たちが持っているものをコツコツ磨き上げていくことしかない。その先はまだわからないです。 平瀬パティシエって女性が多くて。だんだん結婚や出産で、職を離れていくので、そういう人たちが一緒に働いていける環境をつくっていきたいという想いがあります。「レストラン」を、女性たちが仕事を続けていける場所にしていく。それが今の目標ですね。

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最高峰レストランのクオリティを、カジュアルに体験。FOODCLUBがもてなす、ARASのある豊かな「食」の空間。マネージャーの高鍬未翔さんとシェフの原口賢ニさんが語るカトラリーと器の魅力。

最高峰レストランのクオリティを、カジュアルに体験。FOODCLUBがもてなす、ARASのある豊かな「食」の空間。マネージャーの高鍬未翔さんとシェフの原口賢ニさんが語るカトラリーと器の魅力。

2020年8月1日、金沢駅西口の複合施設「クロスゲート金沢」にメンバー制フードホール「FOODCLUB」がオープンしました。ハイエンドレストランの料理をカジュアルに楽しめる空間。FOOD CLUBでは、ARASの実用性が高くユニークなデザインの器やカトラリーが使用されています。ARASの魅力について、FOODCLUBのマネージャーの高鍬未翔さん、シェフの原口賢ニさんにお話をお伺いました。 ───ハイエンドレストランの料理を、みんなでわいわいしながらカジュアルに食べることができると素敵だよね。そんな空間を目指しました。 高鍬ショッピングモールにあるフードコートは複数の既存の店で形成されたレストランの集合体ですが、フードホールは今までになかった特徴のある店を集合してつくった空間のことを指します。FOODCLUBはフードホールの業態であり、四つのキッチンブースと一つのバーカウンターから成り立ちます。  プロジェクトを展開している私たちが所属する会社OPENSAUCEのコンセプトは「FEEL MORE THAN EATING」───食べる以上に何かを感じる、幸せを感じる、新しいことを届けたいという想いがあります。全ての人にそのような新しい価値観や楽しい体験をお届けしたいということが私たちの一番の行動指針です。 基本的にミシュランスターはそのほとんどがハイエンドレストランです。それらの料理は限られた人にしか楽しんでいただくことができません。私たちが目指していることは、全ての人が楽しく、おいしく、安全な食体験ができる空間。それを形にしたものがFOODCLUBです。 ARASを選んだ背景 器に触れた時に感じる心地良さ。一つひとつの設計。全てが計算され尽くされている。 FOODCLUBには「鮨屋 ROKU by ZENIYA」「Westward Ranch Salad & Meat HOUSE」「#HASH HASHED BEEF & RICE」「Laboratoire L’aube SHOKO HIRASE」の四つのキッチンブースがあります。どのブースも一流のシェフたちが考案したラグジュアリーで洗練された料理を提供しています。「ラグジュアリー」と「カジュアル」というそれぞれに距離感のある要素を、柔軟につなぎ合わせる役割としてARASは機能します。ポエティックな意匠と頼りがいのあるその実用性─── 高鍬FOODCLUBではプロのサービスマンがお客様に直接お料理をサーブするわけではなく、お客様自身がキッチンブースから料理を受け取り、席まで運ぶことになります。例えば、器が磁器だと料理を運んでいる途中で落としてしまい、割れた器でお客様が怪我をする可能性があります。安全面や使い勝手という面を考えると、磁器ではない別の器をセレクトする必要がありました。 その時、私たちのレストランのデザインを協力してくださっているseccaの方々にARASを紹介していただきました。樹脂でつくられているが、ただのプラスティックではない。実際に現物を見せていいただいた時、手に持った感触や実際に使用した感覚が素晴らしかった。 原口すごく使いやすいと思います。耐久性もあるし、形がいいので見栄えもする。楽しいお皿ですよね。ARASは色のパターンもいくつかあることと見た目のかわいさが魅力的です。「鮨屋 ROKU by ZENIYA」で使用しているお椀寿司の器は、小さなお寿司がちょこんとのってキュートな印象に仕上がります。 「Westward Ranch Salad & Meat HOUSE」でサラダに使用する皿は波打った模様を生かし、そのラインを際立たせながら盛り付けています。「#HASH HASHED BEEF & RICE」のハッシュドビーフの皿「scoop」はお客様のことを考え抜いて設計されています。 また、この器を使用して定期的にパスタの提供もはじめました。ユニークな窪みは盛り付けに適していて、立体感を出しやすい。ソースの量が多いパスタでもしっかりと絡めて食べることができます。盛り付けが崩れないように、材質まで考えられている。個性的でありながら、主張が強過ぎず、料理との調和がとれたデザインです。まさにパスタを盛り付けるためにつくられた器だと思いました。 高鍬職業柄、私は今までにたくさんのお店やホテルの写真を見てきました。ARASの魅力は、写真の中で料理が映えるということです。料理の魅力を引き出すデザインである。加えて、実際に使用した時にそれが計算されてつくられていることがわかります。ハッシュドビーフのすくいやすさだったり、お椀の下部に対する指の引っかかり。何より感動したことはカトラリー。スプーンを口に入れた時の感覚は忘れられません。  想像していただきたいのですが、スプーンを口に入れた時に真正面から見ると、両端の部分が上唇の部分に当たってしまいます。そこに違和感を覚える人は少なくありません。ARASはその処理が見事です。スムースな口当たり。これは体験していただかないことにはわかりません。お客様からもスプーンを使われた時の反応がいい。軽くて使いやすいし、口運びもいい。職人レベルのシェイプの計算のされ方だということがわかります。   ARASのある風景 実際に使用した感覚から、「これからARASはどのような場所で活躍できるのか」についてお二人にお伺いしました。  原口イノベーティブな料理と相性が良いように思います。前衛的な料理にマッチする。もちろん、街のカフェテラスでも樹脂の白い器が出てきてもかわいい。オールラウンドですね。僕も今後FOODCLUBでパスタ料理を考案する予定なので、どのお皿を使うか楽しみです。 高鍬ラグジュアリーホテルのビュッフェや朝食を提供している空間こそ、ARASは効果を発揮するのではないでしょうか。磁器はよく割れてしまいます。それが樹脂であれば割れない。ビュッフェではお客様が二、三皿を持っている光景を目にすることがあります。その度に「重たそう」「危ない」という気持ちになります。軽い磁器は高価なものに限られるため、それらの器はビュッフェでは活躍しづらい。ARASはそのような問題を全て解決してくれるのではないでしょうか。コスト面でも魅力的だし、重要なことはラグジュアリーホテルに宿泊されるお客様はモノの良さを感じるアンテナが敏感な方が多い。 使用しているカトラリーやワイングラス、器に関してお客様からご質問を受けることはしばしばあります。それに答えていくこともホテルマンの仕事の一つです。ARASのディティールは、実際に手に触れた人にキャッチされる。そういう人であれば「このお皿何?」と、ホテルマンやスタッフに質問することになるでしょう。そこからお客様とのコミュニケーションがはじまります。器やカトラリーがコミュニケーションツールとして機能する。 ARASのある豊かな風景 最高峰レストランのクオリティを、カジュアルに体験。 高鍬私たちがハイエンドレストランで提供しているラグジュアリーな料理たちです。食材のレベルを落とさず、料理人が手を抜いているわけでもない。料理のおいしさはもちろんのこと、そこで終わらず「こんな新しいものがあるんだ」というプラスアルファを感じていただくことが一つの想いでもあります。  「天井の装飾な何だろう?」「どうしてここは円形ブースなのだろう?」「どうしてこのお皿とカトラリーを使っているのだろう?」「モバイルオーダーというものがあるんだ」 何か一つでもいいので、新しいことを感じていただけるとうれしいです。食べることももちろんそうなのですが、それだけではない。それが私たちのコンセプトである「FEEL MORE THAN EATING」に集約されています。私たちが提供するものは全てそこに行き着く。 FOODCLUBは、この「感じること」の体験を提供できているのではないかと思っています。それはARASに触れた時に感じる「何か」と共鳴するはずです。 器やカトラリーを体感する。今まで手に取ったことがない人にも、ARASのある風景を、肌触りとかたちを、滋味と滋養と含蓄を。それらの魅力を味わってもらえるとうれしいです。 レストラン・カフェ等でご使用をご検討されている方はこちらまで。

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