記事: 温められる美しい器『ヒートコレクション』~新しい「色と素材」が切り拓いた、新しい「食卓の表情」~《後編》

温められる美しい器『ヒートコレクション』~新しい「色と素材」が切り拓いた、新しい「食卓の表情」~《後編》
前編では、新しいヒートコレクション誕生の開発エピソードをお届けしました。後編では、その過酷な挑戦を支え続けてきたARASの原点「工芸的プラスチック」のルーツと、これから描く未来の食卓の風景へと迫ります。
上町 達也 / プロダクトデザイナー(secca)
嶋津 亮太 / インタビュアー(ダイアログ・デザイナー)
“自然の表情”を再現する
人間が直感的に心地良いと感じる“自然のカタチ”。それは、インダストリアル(工業)の代名詞とも言えるプラスチックの器の中に、大自然の揺らぎを内包させる試みでもありました。“自然の表情”を再現する。ARASが挑戦し続けてきたこの物語のルーツは、一体どこにあるのでしょう。
上町:
たとえば、海を眺めたとき──寄せては返す波や、波打ち際でゆらゆらと揺れている水面を見て、「汚い」とか「不自然だ」とは思いません。でも、もし人間が作為的にバシャバシャと水を流して作った波のカタチだったとしたら、どこかに違和感を覚えるはずです。人間には、それが作為的であるのか、無作為(自然にできたもの)であるのか、必ず見分けられると思っています。
ARASが探求し続けてきた「捨てられない」「大切にしたい」と使い手が想う美しさ。その挑戦の起源を探っていくと、ARASというブランドが産声を上げるさらに前、前身である「Plakira(プラキラ)」の時代にまで遡ることがわかりました。
上町:
石川樹脂工業さんとの具体的なお付き合いが始まったのは、2016年の7月のことでした。その一発目のプロジェクトとして産声を上げたのが、ARASの原点でもある「ゆらぎタンブラー」です。その前後にも、他社さんのアイテムの製品開発や金型設計など、様々なモノづくりをお手伝いさせていただきました。

ただ、当時から彼らと一緒にプロダクトを発展させていく中で、僕の頭の中にはずっとひとつの大きな問いがありました。それは、世の中で大きく騒がれ始めていた、環境問題としての「プラスチックごみ問題」や、マイクロプラスチックの問題です。
「世間のプラスチックという素材に対する偏見を取り除き、同時に同素材起因の問題を解決しながら、この素材の魅力や価値を伝えていきたい」。上町さんにとって、ARASというブランドを立ち上げ、モノづくりを続けていく中での原動力は、その強い想いにありました。まだ世の中に広く伝わっていない“樹脂”という素材が持つ真の価値と可能性。それを、“食器”というプロダクトを通じて、日々の食体験の中で使い手と共有していくこと。
誰もが疑わない「プラスチックとは、安価で均質な素材だ」という大前提。それをまず、根本から疑うことから始めなければならない。本当に、これしかできないのだろうか。樹脂だからこそ到達できる表現が、まだどこかにあるのではないか。上町さんは問い続けました。
上町:
僕が一番のヒントにしたのが、古来日本が培ってきた「工芸」の世界でした。工芸の世界では、素材の100%を人間の力でコントロールしようとするのではなく、素材の持つ性質や「自然の現象」に対して、あえて2割ほどの余白を残し、こちらが身を委ねる感覚があります。人間の作為と、自然の無作為の境界線をうまく調和させて、一点ものの揺らぎを楽しむ。特に焼き物の、陶磁器における釉薬の美しさなどはその最たるものです。
一方で、プラスチックという素材は、これまでの工業の歴史において「100%完璧に制御すること」だけが正義とされてきた素材です。「工芸と同様に、プラスチックという素材が自然と生み出す美しさと真正面から向き合ってみたら、どうなるだろう?」。それが、すべての始まりでした。

実験を重ねる中で、上町さんの中にひとつの確かな手応えが育まれていきます。そして、2017年、具体的な提案書を作成しました。そこには既に、通常の成形技術では「不良」として弾かれるはずの「ウェルドライン(樹脂が合流する際にできる筋)」を意図的に発生させる表現や、あえて成形条件を崩すことで生まれる“無作為の表情”のアイデアが書き込まれていました。常識を覆すその提案の中に掲げられていたキーワードこそが、「工芸的プラスチック」でした。
この前例のない提案に対し、石川樹脂工業の石川勤専務は「それは面白いね、やろう」と即座に賛同します。この瞬間から、「工芸的プラスチック」という概念は、彼らが目指すべき大きな目標の一つとして、鼓動しはじめたのです。
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「工芸的プラスチック」が生まれた日
そこから実験を繰り返し、長い手探りの状態を経て、「これはいける」と最初に確信を得たのがARASのプロダクトであるカトラリーの柄の部分でした。工業的なプラスチックでありながら、素材自体が自らの風合いを静かに主張するような、全く新しい「素材の表情」が誕生した瞬間です。
上町:
あのカトラリーの表情を見た瞬間に、僕がずっと言葉で掲げてきた理想が、こうやって本物の形になっていくんだという、震えるような発見があったことを今でも鮮烈に覚えています。

自然な表情はセレンディピティから
上町:
あれは、僕たちが狙って完璧にコントロールして出した模様ではないんです。工場の現場で、「上町さん、ちょっと条件を変えたら、失敗してこんな変な模様が出ちゃいました」と見せてくれた試作がありました。それを見た瞬間、僕は「え、これ、めちゃくちゃカッコイイじゃないですか!」と叫んでいました。
現場の職人からすれば “失敗作の不良品” ですが、クリエイターの目で見れば、それは既に上町さんが思い描いていた“美しい工芸の佇まい”でした。
「これ、製品としての物性や強度の面では問題ないんですか?」
思いがけず現れたその無作為の模様に対し、上町さんが尋ねると、現場からは「性能的には何の問題もない。ただ模様が出ているだけだ」という答えが返ってきました。ならば、この模様を狙ってわざと出し続けることはできないか。そこから“自然な表情”を再現する果てしない旅ははじまりました。
通常の工業製品の生産ラインであれば、一品ずつ表情の違うものが混ざっていれば、真っ先に「不良品」として弾かれてしまいます。しかし彼らは「それこそが素材の持つ唯一無二の個性であり風合いなのだ」と、常識の定義を颯爽とひっくり返していきます。
だからARASは進化する
上町:
どちらかと言えば、僕の中では「樹脂の器で質の高い食体験を提案する」というブランドがこれまで世の中に存在しなかった、という強い起点があるんです。もちろん、いろいろな分野ですばらしいモノづくりをされているメーカーさんはたくさんあります。ただ、それらは基本的に、陶磁器のリプレイスメント(代替品)として作られています。表情も陶磁器を模したレプリカのようなものがほとんどでした。その中で「樹脂そのものが持つ良さを引き出して表現する」という軸は、僕の中では他にはなかったように思います。
この新しい挑戦は、デザインチームにとっても製造現場の開発チームにとっても、すべてが手探りの「初体験」でした。前例のない器を形にすること。その価値を自分たちの言葉で使い手へ伝えること。そして、実際の食卓で使われた感想を受け取ること。あらゆるプロセスが“初めて”の連続です。

さらに、プロダクトを世に送り出す上で欠かせないのが「経年」という視点です。手にした瞬間の第一印象が重要であることは言うまでもありません。しかし、1ヶ月後、あるいは1年後、器は暮らしの中でどのような表情の変化を見せるのか。素材に対する使い手の慣れや生活習慣の変化を含め、長い時間をかけた定点観測を経なければ、決して見えてこない領域が存在します。5年経ったときに愛着を持てない姿に変わってしまうのか。あるいは10年、100年と愛され続けることができるのか。世界中の誰も、樹脂の器が辿るその長い時間軸をまだ目撃したことがありません。
上町:
ブランドが立ち上がってから約6年半。それは、使い手の日常に寄り添う中で、作り手たちが予期していなかった様々な発見が、良い面も悪い面も含めて、確かなデータとしてようやく集積し始めたタイミングでもありました。
ユーザーのみなさまからの声に耳を傾け、改善に改善を重ねる。一度、うまくいったことでも、何度も疑い直す。一度、プロダクトを世に出したからといって、決してそこで完成ではありません。確かに、リリースした時点では間違いなくそのときのベストを尽くした完成形ではありました。しかし、使い手のリアルな声と向き合うことで、その先にはより良いモノが存在することに気づかされるのです。
既存の素材という大前提から一歩踏み出し、もう一度ゼロからあらゆる素材を見つめ直す。そうした途方もないプロセスの末に辿り着いたのが、今回のヒートコレクションにおける選択肢でした。しかし彼らは、それすらも決して永遠の正解だとは捉えていません。3年後、5年後には、きっとまた新たな“より良いモノ”へと進化を遂げていくはずです。ARASチームの眼差しは、常にその終わりのないモノづくりの先を見据えています。
上町:
近い将来、大きなブランドの課題になるのではないかと感じていることがあります。それは、初期からのファンの方々、ブランドを信じて長く使ってくださっているみなさまへの向き合い方です。「“永く使える”と聞いたはずなのに、もっといい進化版が出ている」となると、初期に応援してくれた方ほど、少し残念な気持ちになるかもしれません。そういう繊細な部分に、どのように想いを込めて、丁寧にケアできるか。初期からのファンのみなさまにもARASをずっと大好きでいてもらい続けるために、僕たちは何をすればいいのか。想いや期待を裏切ることなく、一緒にそのブランドの成長を喜べる関係性とは何だろう。そこに、これからのARASというブランドの在り方が求められると思っています。
これからARASが見据えるのは、「メーカーとユーザー」や「売り手と買い手」といった旧来の二項対立ではありません。ARASというひとつの世界観を共に育み、広めていく仲間としてのコミュニティ。作り手と使い手という役割の境界線を少しずつ溶かしながら、一緒に食卓の風景を育てていく。その関係性をどのようにデザインしていくか。それこそが、ARASというブランドが次に向き合うべき、新たな課題なのです。

食卓から暮らしへ——「0.5手目」のコラボレーションが紡ぐ風景
ARASのルーツを辿り、「工芸的プラスチック」をカタチにし続けてきた軌跡を話し終えた後、上町さんはユーザーのみなさまへ向けたメッセージでインタビューを締めました。
上町:
僕たちがプロダクトを通して届けたいのは、最終的には「おいしい」という幸福な記憶です。ですが、その「おいしい」という体験を作るのは、僕たち作り手の力だけでは絶対に不可能です。
毎日過ごすダイニングで、誰かのために料理を作ってくれる人がいて、それを食べる人がいる。一人だろうが、大切な家族であろうが、そこに食卓があるということは、そこには食に関わる“温度”が間違いなく流れています。
僕たち作り手ができることは、その温かな時間を器として支える、せいぜい「0.5手目」の役割でしかありません。だからこそ、ARASのプロダクトを使うということは、使い手のみなさまが僕たちのモノづくりと “コラボレーション” して、一緒にその瞬間の豊かな食体験を作り上げているということなのだと思います。

自分で言うのは少し気恥ずかしいですけれど、「みなさまと一緒に、最高の食卓の景色を作っていきたい」というのが、僕の一番の想いです。世界中の家庭やレストランの食卓で、今この瞬間も、僕たちの器を通して新しいコラボレーションが生まれているのだとしたら、これほど幸せなことはありません。
文・編集/嶋津亮太(ダイアログ・デザイナー)


















