7月20日、ARASの新商品としてサステナブルコレクションvol.2「海水」が発売された。
ローンチを記念し、ARAS開発者の石川工業株式会社専務取締役の石川勤さんと、プロダクトデザインを手掛けるクリエイティブチームsecca代表の上町達也さん、NAGORI®を開発した三井化学株式会社の近藤淳さんの鼎談が行われた。
本編に入る前に、鼎談の中で上町さんが言ったことばを紹介する。
上町
“これからのモノづくり”の定義は、「技術・アイデア・素材の三つ巴」と捉えています。どれか一つが欠けても成立しない。それを支えるのがパッションです。それらがコンプリートされた時に、プロジェクトとしてうまくいく。
まさに、技術は開発者である石川さん、アイデアはデザイナーの上町さん、素材はNAGORI®を生んだ近藤さん。この三者が生み出した“これからの器”。それは、前例のない新しいプロダクトだった。
上町
闇雲にモノをつくる時代は終わりました。これからは、何かを解決する、あるいは、何かを前に進める。そのような意義のあるモノでなければ、つくる意味はない。
この器には、「食体験を豊かにすること、社会問題を解決すること」という明らかな命題が息づいている。
新しい時代の器が、新しい時代をつくる。
「海水」
「海水」は、海洋性のミネラルを50%以上含む素材“NAGORI®”が主原料となっている。独自の質感や重厚感、割れない耐久性、食洗器にも使える機能性を併せ持つ器。天然由来の色彩、波の景色を想起させる表情が、料理を自然と引き立てる。
「海水」が生まれたストーリー
石川
金森産業さんにNAGORI®を紹介していただいた。海洋性ミネラル由来の独自の質感がユニークな素材で、コンセプトにも共感を覚えた。成形してみなければ、実用性があるのかわからない。とりあえず試作品をつくらせてもらったところからはじまりました。
石川樹脂工業は、常に樹脂の可能性を探求していた。金森産業株式会社は、富山県に本社を構える原材料を扱う専門商社。提案を受ける中で、商品化まで至らない素材と実験は数知れず。その中で、三井化学株式会社が開発したNAGORI®と出会う。海水のミネラルから生まれた複合材料。話は、この素材が生まれた背景に遡る。
近藤
研究者の家庭風景にアイデアの種がありました。
プラスチックの器で食事をしていた子どもが、味気なさそうに食べていて、ふと疑問を抱いた。プラスチックは軽くて、割れづらく、使いやすい。しかし、料理の温度を伝える力が弱かったり、あるいは、軽過ぎるために手にした時の質感が薄い。それが食における味気なさにつながっているのではないか。
研究者は、その仮説を会社のメンバーと共有し、繰り返しブレストを重ねた。仮説が正しいならば、プラスチックの軽さと熱伝導率を高めていけば、陶磁器のような食のおいしさを感じることができるのではないだろうか。限りなく天然素材に近い質感でいて、プラスチックの魅力を生かせる素材を世の中に提案できれば、全く新しいモノが生まれる。
近藤さんたちの開発チームは原料を選定してゆく中で、世界で起きている水問題と出会った。世界には海水を淡水化するプラントが1万6000ヵ所以上ある。そこで海水から真水をつくり、上質な飲み水にアクセスできない20億人以上の人々に届けられていることを知った。それ自体はすばらしい取り組みだ。しかし、問題もあった。淡水化する過程の中で、副産物として高濃度の塩水(濃縮水)が生まれる。それを海へ放流することで、珊瑚の死滅や漁場の消失へと繋がり、社会問題へ発展していた。
近藤
通常であれば廃棄される濃縮水を、原料として見直すことができないだろうか。そこから、ミネラルを使用して天然素材の質感を表現する素材づくりの研究がはじまりました。そして、海洋性のミネラルを50%以上含む“NAGORI®”が誕生した。
豊かな水に恵まれている多くの日本人には、水問題は馴染みが薄いかもしれない。淡水化の過程で濃縮水が生まれていることも、それが海へ廃棄されていることも、そこで二次的な被害が起きていることも多くの人は知らない。
石川
SDGsでは、17ある項目の6番目に「水不足」と記載されていて、貧困などと同じくらい深刻な問題として扱われています。
以前、シンガポールに住んでいた経験から、私にとって水問題は身近な存在でした。シンガポールには山がありません。淡水がないため、基本的にはマレーシアから輸入しています。ただ、国際的な安全保障の問題を抱えていて、関係が悪化すると水が手に入らなくなる。だからこそ、海水の淡水化や下水の浄水化の技術に積極的に力を入れていた。
日本でも、沖縄や瀬戸内海の離島では長らく水問題と向き合っています。真水をタンカーで運ぶわけにも、パイプラインを引くわけにもいかない。水の豊かな本州に住む人々にとっては馴染みが薄いかもしれませんが、国内的にも濃縮排水は長年の問題でした。
上町
これからのモノづくりに求められる姿勢は、0から1ではなく、0.5から1をつくるような感覚です。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』で、デロリアンに乗ったドクが未来へ飛び立つ際に、燃料タンクにゴミを放り込んでエネルギーにするシーンがあります。極端な比喩ではありますが、次の時代のソリューションはあのような光景だと思っています。
新たに原料を掘り出すのではなく、既存のマテリアルを利活用する。今回で言えば、淡水化の過程で生まれた濃縮水。利活用によって、海へ廃棄して起きた二次的な問題が解消される。結果的に、淡水化の事業がさらに進み、水問題を解決する行為自体がわだかまりなく肯定されてゆく。
“前例”をつくる
石川
実際にNAGORI®でサンプルをつくってみると、課題が出てきました。やわらかい素材であるため、傷が入りやすかったり、汚れがつきやすかったりする。器としての実用性としてはまだ足りない。金森産業さんと三井化学さんに相談しながら、粘り強く研究を重ねました。
難しい点は、素材の調整にあった。異種の素材(ガラス繊維やシリコン系の素材)を足すことで、器の強度は増し、汚れ落ちも改善する。しかし、足せば足すほど、NAGORI®ではなくなってゆく。質感や重量感のバランスも細やかに計算しながら、石川さんたち開発チームは試行錯誤を繰り返した。触り心地と強度の兼ね合い、そして、NAGORI®の特性を最大限に生かすための調合を求めて。一つ大きな問題があった。前例が、ない。今までの原料の歴史の中で、NAGORI®という素材は存在しなかった。そのため、法律上、定義されていない領域がある。彼らは自らの手で基準を整えながら、一歩一歩開拓していった。今までになかった“前例”に、自分たちがなるのだ。
石川
ある意味、石川樹脂工業内ないし、ARASの責任下で進めていった。私たちで定義されていない領域の法整備に取り掛かりました。ベンチャー的な気質がなければ、未開拓の分野へはなかなか手を出せません。そこをぐっと踏み出せるところが私たちの強みでもあります。
近藤
石川樹脂工業さんだから実現できた部分があります。我々も大手メーカーからお声かけいただくこともあるのですが、食品衛生法の問題や、消費者へ安全に届ける責任についての課題を話し合った時に、尻込みされることが多い。今までも、NAGORI®で食器をつくりたかったのですが、実現できなかった理由はそこにあります。
誰もが二の足を踏んでいた中で、ARASチームは共に見直しながら形にしてくださった。問題意識も共通していて、課題に対する知見もある。今までのどのパートナーよりもぴったりと呼吸が合いました。打ち合わせを重ねながら、心から「この人たちと一緒につくりたい」と思えた。
度重なる試験の末、食品衛生法の項目を満たし、新しい時代の器「海水」は誕生した。
「海水」の特性
近藤
素材の特徴としては、主に重厚感と温冷感。ARASの定番シリーズと比べ1.5倍ほどの重量感があり、手に触れた時の感じ方もリッチな印象があります。陶器と同じ熱伝導率なので、冷蔵庫に冷やしておくと冷たいまま、温めているとしばらく温かい。
上町
この熱伝導率の高さが食体験を豊かにする一つの選択肢になっています。
今まで使用していたトライタンは熱伝導率が低い素材なので、熱々のスープやみそ汁などを入れる器に適しています。仮に陶器でつくっていたとしたら、いくら肉厚にしようが熱くて持つことができません。
一方で、温かい料理はなるべく温かいまま保持したい、あるいは冷たい料理はキンキンに冷やして提供したいという場合もあります。たとえば、今の時期だとそうめんを食べる時には、出汁も器も冷えて出てくるとうれしいですよね。また、ホットコーヒーを飲む際には、カップをプレウォームしていないと、注いだ時に一気に10℃下がってしまう。おいしい温度感を楽しむことができません。
最もおいしく味わえる温度に、料理だけでなく器側も温度を移動させたい。料理人は、盛り付ける前に器の温度をコントロールします。それが、今まで樹脂素材では実現できず、焼き物を使うしか選択肢がなかった。この「海水」は陶器と同じ熱伝導率なので、樹脂素材でありながら一つの手札として選択できるようになった。そういう意味では、より玄人向けのプロダクトだと言えます。
近藤
もう一つの要素として、抗菌・抗ウィルス性。海水中のミネラル成分には、自然由来の抗菌性があると記述された論文もあります。しかしながら、実際に商品化されたケースは今までにありませんでした。食事との関わりにおいて、安全性を高めるという意味で適した素材だと思われます。
上町
今回、デザインのディティールで最もこだわったポイントは、潮(うしお)の表情にあります。先ほど説明があったように、この器にはNAGORI®以外に、ガラス繊維やシリコン系の素材など複合されています。異種の素材が成形の途中で暴れる。その痕跡を調整することで、有機的な表情が生まれました。その繊細なコントロールができるのは、石川樹脂工業の技術力に他なりません。
石川
成形条件で、射出の速度や圧力、原料の温度など、細やかに調整していきました。同業者が見ても、かなりマニアックなレベルだと思います。一つとして同じモノはありませんが、おおよその表情は再現できる。上町さんたちseccaチームが、これらの偶発的な表情を“演出”へと昇華してくれた。一つひとつが一期一会の器です。
私たちの“サステナブル”
“サステナブル”ということばが大きくなるにつれ、画一的な“サステナブル”は幻想であり、一人ひとりの解釈が生まれることが自然だと気付かされる。「海水」を通して、三者の中でどのような“サステナブル”の考え方の共有がなされたのだろうか。
石川
大前提として、「資源は有限である」ということ。私たちは工場を営んでいるので、生産過程の中で副産物が生まれ、廃棄する行為についてよく知っているつもりです。有限な資源の一部が捨てられることは、大きな問題です。モノの価値を上げる下げると捉えるのではなく、「資源を有効活用しませんか?」というマインドで取り組んでいます。
上町
“アップサイクル”や“SDGs”など、トレンドとして消費されることに不安を抱いています。今までも「エコバックをつくれば売れる」と、大量のゴミをエコバックでつくり出している光景を目にしてきました。消費対象になった瞬間、おそろしい勢いで歪みが生じる。
本質は何かを考えなければいけません。だからこそ、モノをつくると同時に、並行して考え方やアイデアを共有することが大事だと思っています。
二つの環
近藤
濃縮水として捨てられるミネラルを、どのように循環させるか。正直、それが我々の手でなくてもいい。その土地で生まれた原料を「技術があるから」とわざわざ日本へ運んできたとしても、そのために必要なCO2や別の資源エネルギーを消費することになる。
世界中の国々で、ローカルなサークルが生まれること。その土地で海水の利活用が産業として実現すれば、結果的に海水由来のミネラルのコストも下がる。価格が下がれば、用途もまた広がる。それが大きな流れを生み、グローバルな循環へとつながってゆく。ローカルとグルーバル、この“二つの環”が重要です。
そのためには、まず「海水」というプロダクト、そして「NAGORI®」という素材自体が価値のあるものだと示す必要がある。わかりやすい方法は、つくり手側へは経済的な実利があることを証明する。そして、ユーザー側へはライフスタイルを豊かにするものとしてプロダクトのメリットを提示すること。そのようにして、まずは手にする人の数を増やしてゆく。
あえて、今「ミネラル」について押し出していない理由は、そこを一番に持ってくると、コストと機能の話で完結してしまうためです。濃縮水の利活用の話やローカルとグローバルの環の話まで到達できない。表立ってアピールすることなく、まずは良い商品を提供する。その中で「この素材、何?」という声が高まった時に、ようやく本題に入っていくことができると考えています。
石川
私たちも、日本だけで広めることは難易度が高いと考えています。だから、上町さんとグローバルなデザインアワードを狙いに行き、社会的意義をプレゼンテーションして世界に伝えていくことにも力を入れています。社会問題を解決する一つのロールモデルとして、世界にインパクトを与えていくことがARASの次の課題でもあります。
ローンチへの想い
最後に、「海水」が世の中に送り出されることへの想いを語ってもらった。
石川
「この商品が届いて、喜んでくれる人が一人でもいたら」
そう思って、日々モノづくりをしています。お客様の元へ届き、この器を通して食体験が豊かになる。その時に、話のきっかけとして「こういうコンセプトの食器なんだって」と共感してもらえるところまで行くことができるとうれしいです。
上町
手前味噌ですが、この質感は表現者にとっては垂涎ものです。飲食店さんや個人の方が、この器でどのような盛り付けをしてくれるか。この器の魅力を引き出してくれるのは、僕たちが考えている以上にユーザー側にある。どう遊んでもらえるか、楽しんでもらえるか。そこがARASの底力になるような気がしています。
近藤
お客様にどのように受け止めてもらえたのかを、つくり手としては知りたい。場合によってはネガティブな意見が多いかもしれません。いただいたフィードバックから反省して、次にどのように生かしてゆくのか。アップデートを繰り返し、新しいモノを誠実に提案していくことができるとうれしいです。
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MOLp | そざいの魅力ラボ
さまざまな素材の中に眠っている機能的価値や感性的な魅力を、あらゆる感覚を駆使して再発見し、そのアイデアやヒントをこれからの社会のためにシェアしていく三井化学グループのオープン・ラボラトリー活動。社員有志による「砂場」のようなフラットな組織で素材を通じた新しいコミュニケーションの可能性を探っています。
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/molp/news/index.htm