上町達也さんの原点のハヤシライス。器を作る立場として〝食〟と関わっていく。食体験を通して、想いを伝えるための場所。

Profile

上町達也(うえまちたつや)secca inc.代表

大学卒業後、カメラメーカーにプロダクトデザイナーとして就職。退職後、金沢へ移住し、伝統的な技術から最先端の技術まで様々な技術を掛け合わせ、新たな技能と解釈から生まれるものづくりを通してこれまでにない体験を創出するクリエイター集団「secca」を立ち上げる。創業後、まずはじめに始めたのがハヤシライス専門店「涎屋」だ。

 

ハヤシライスを作ることになったきっかけは?

金沢では珍しい洋館の築90年の町家。金沢市の重要文化財の指定を受けている建築物で、もともと旗屋のあった場所でした。ここで一品出すとしたら、何だろうか。カレーライスはおもしろくない。じゃあハヤシライスは?そこから涎屋のストーリーがはじまりました。

物件を見つけるとすぐに料理人の下で修行をはじめ、半年間かけて特製のハヤシライスをつくり、同時に専用の器もつくりました。コンセプトは「ハヤシライスを最も美しく、おいしく食べられる器」。すくいやすい器っていっぱいあるんです。ただ、それらは介護用や幼児用のものなど、美しさと共存していない場合がほとんどで。「美しさと機能性を成立させるためにつくってみよう」と創業メンバーの柳井とつくった器がseccaの代表作である『scoop』。

 

僕がハヤシライスをつくり、柳井が器をデザインした。僕たちの最初の共作です。

上町さんが大切にしていること。

当たり前に存在するモノを受け取ったり、消費する感覚が希薄になっていると感じます。モノが貧しかった頃は、その一つひとつに有難みがあったと思います。母親が手料理をしている背中を眺めている時間も、食べることの中で価値を受け取るがかけがえのない体験でした。

今はみんな働かなきゃいけないし、その姿を見せている余裕もなかったり。そのような環境の中で、例えば、食の川上で働いている人たちの気持ちを汲み取るということは難しい。それは日常には見えない景色なので。でも、食に関わる人たちの想いをクリエイターとして伝えていきたいと思ったんです。

まじめに伝えようとし過ぎるとアカデミックになってしまうから、僕たちがヒントにしていることは「おいしい」や「楽しい」という感覚です。シンプルな感覚を体感してもらう機会をつくることで結果的に伝えたいことを感じ取ってもらえるんじゃないかと考えているんです

 

金沢や能登のカフェをいろいろ巡って、その中で僕は「橘珈琲」の橘さんのコーヒーが大好きで。それは考え方なども全て含めて。「是非、涎屋のハヤシライスに合うコーヒーをお願いしたい」と、オリジナルでつくってもらいました。今でもseccaのオフィスで毎日飲んでいるコーヒーも変わらず橘さんのコーヒー豆です。

例えばね、先日橘さんと話をしていて。天候などの関係で、とある農園のコーヒー豆が今年は状態の良くないものしか手に入らないって言うんですよ。普通だったら、今年は仕入れるのを諦めるじゃないですか。でも、橘さんはその状態の豆から、その豆特有の良さを見つけ出し、それをいかに引き出すかというところに注力するんです。そうすることによって、豆に対してまた新たなアプローチが生まれる。

「その人しかできないもの」

僕は、そういうモノに惹かれます。

「効率化の下、導かれた余白のない答えよりも脇道に逸れて、偶然出会った会話から生まれたモノの方が人間臭くておもしろい」

 

金沢の新竪町にある『KIKU』のオーナーの竹俣勇壱さん。

金工作家として、ジュエリー、カトラリー、お茶道具などをつくっていらっしゃいます。竹俣さんは金工の中でも、鍛金と言って鉄に熱を入れ、叩いて、曲げて───錬金術のように作品をつくっていく。

「おもしろい技術を使っている」とseccaの噂を耳にして相談に来てくれたんです。最初にご協力させていただいたのが羽織の帯留め。「水引のモチーフを金属でつくりたい」という既存の金工技術の領域外にあるオーダーでした。僕たちは水引の伏線を解析してデジタル上で原型制作をしました。そこで興味を抱いてくださり、お付き合いがはじまりました。

 

新しい価値観の提示

印象的な仕事は、茶人古田織部の茶匙───それをチタン3Dプリンターで複製する。単に同じ素材でコピーをつくるのではなく、全く異なる素材と技術を使って織部の手仕事を再現する。そうすることでオリジナルの価値は高まるし、コピーもまたコピーとしての新しい価値が生み出せるのではないか、とオーダーを受けました。高精細な3Dスキャナーで現物を読み取り、ノイズ除去して、本物と全く同じ形状のチタンの茶匙つくってお納めしました。

 

KIKUのクリエーション。 

竹俣さんのものづくりは一貫して自分が考える「良いもの」という価値観の下で形づくられています。そこには「工芸=手仕事が価値」といったバイアスは意図的に外されています。機械加工などの産業の仕組みを積極的に取り入れ、機械化した方が完成度の上がる工程ならば素直に機械加工を選び、手仕事でしか表現できない美しさは熟練した手仕事に委ねています。手段が目的にならず、目的から手段を決めている。

例えば、金属板を完璧な正円で切り抜く場合、手ですることも可能です。ただ、機械加工の方が目的とする形状が安く、速く、正確に切り出せる、といった具合に。興味深い点は、竹俣さんの作品には、必ずと言っていいほど「手仕事」が介入します。それは竹俣さんの「良いもの・美しいもの」という価値観が決めた竹俣さんらしさの現れだと思います。

産業がつくり上げたシステムと人の手でしかできない価値づくりを掛け合わせたクリエーション。既存の価値に捉われずに、今自分がいいと思うやり方で堂々とつくり、堂々と独自に見出した価値観でビジネスをしている。そのようなフラットな感覚だからこそ、話が合うし、影響を受けます。

「人間臭さ」というのが僕の中で大事なテーマです。

例えば、「効率的に」「万人がこうしているから」などの考えや行動は、次第に人間の手垢を消していく方向へ進みます。経済の中ではそれも大事なことかもしれません。

人の手垢や情念のようなもの。偶発的な会話の中で生まれたものを意図的に汲み取っていきたい。そういうドラマが大事で。こういう時代だからこそ、無機質な世の中にはしたくない。モノづくりも効率だけに傾いてはいけない。僕は「人の気配」をもっと感じたい。

seccaの代表作「Landscape Ware

風景の器。器と料理の関係は、大地と建築の関係性を想起させる。

料理人が求める器をつくるのではなく、大地となる器をつくることで、「この上には何を建てる?」という問いを料理人に対して投げかける。起伏と陰翳から、新しい料理がはじまる器。

 

これからやっていきたいことは?

とにかく自分がつくりたいもので、喜んでくれる人にそれを全力で出し切ったものを届けて喜んでもらう。その構図をより鮮明にしていくことしか考えていないんです。どうやったらそれがもっとシンプルになるかということをずっと仲間でも話し合ってきていて、それを下手にビジネスライクにしていたら仕事のための仕事に追われてしまう。

誰にでも得意不得意がある。seccaはそれぞれの得意が集い、お互いの得意でカバーし合っている組織です。そこに参加すると自分の得意が出しきれる場所になるというのが目指す姿。それさえ整えることができれば、いいものは勝手に生まれると思うんですよ。

もともと放っておいても作っちゃう人たちだから。そういう人たちが、一番自分が活躍できる場所だとなれるのが理想ではあります。目標は変わらないけれど、やり方は毎日変わる。人との出会いでアップデートされて変わっていく。でも、向かっていく先は立ち上げた時から全然変わっていません。

紹介した商品
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