約二年の開発期間を経て、誕生した ARAS の開発の裏側。 石川樹脂工業と secca が目指した「食器の新たなカタチ」とは。

樹脂の持つ美しさを引き出し、永く使える、使いたくなる食器を創る


なぜARASという新ブランドを立ち上げたのか?そこには、メーカーである石川樹脂工業の「素材で世界を変えたい」という想いとデザインを担当するseccaの「素材の力で食体験をアップデートしたい」という想いの交わりがあった。素材の力を最大限に引き出し、これまでにない食器をカタチにすることでより良い食体験を届ける。


左から:secca 柳井友一さん、石川樹脂工業株式会社専務取締役 石川勤さん、secca代表 上町達也さん

seccaの上町さんと柳井さんは、様々なレストランの料理人へのヒアリングを通して、彼ら(彼女ら)が共通の問題を抱えていることに気付いた。それは「使用している大事な器が割れる」という悩みだ。100席規模のレストランでは、月に平均で20万円相当の器(50アイテムほど)が割れるのだという。レストランの規模が大きくなればなるほど、業務要員としてスタッフの人数を増やす必要に迫られる。経費がかさめば、その分だけ器や料理に対する理想を求めることは難しくなる。オーナーや料理人は「割れる」という前提で器を選ばざるを得ない。そうなると一枚にかける予算も限られてくる。彼ら(彼女ら)の声を聴くうちに、上町さんと柳井さんの中で「質の高い、割れない器があれば問題を解決できる」と考えるようになった。

新たな商品開発には、器をつくる立場としての二人の考えも動機となっている。陶磁器は一度焼成して素材を変質させると、割れて不要になったものは埋め立てゴミにするしかない。「土に還らないゴミを生み出し続ける」という状況に対して二人は強い問題意識を持っていた。

「一概に割れる素材が悪いとは言い切れません」

上町さんは言う。「割れるからこそ良い」という側面もある。硝子や陶磁器にしか出せない味わいやドラマがそこにはある。それらは代用の利かない魅力であり、料理人の表現の幅を広げる。二人は、既存の素材の長所を尊重しつつ、料理人にとって新たな選択肢を提示するためにイメージを膨らませていった。

 

樹脂製の器が上質なレストランに選ばれてこなかった理由

割れない素材の代表格は樹脂素材───いわゆる、「プラスチック」だ。樹脂素材の器は古くから存在するにも関わらず、これまでにハイエンドレストランで使用されてこなかった。そこにはいくつか理由がある。

それは消費者の過去の記憶に基づいている。磁器はレストランなどでも使用されている素材で、硬質なカトラリーと触れて奏でる音を含めて高品質なものとして私たちの印象に残る。それに対して樹脂は、小さな頃から〝おもちゃ〟のような製品やアウトドア用製品のような〝使い捨て〟のものに多く採用されている。

私たちは、硝子や陶磁器や木を胎に用いた漆の器を〝本物〟と呼び、これらの外見を模倣し、「割れない」という機能のみをアドバンテージとして生み出した製品を〝ニセモノ〟と呼ぶ。器を創る側も、使う側も、素材の差によってヒエラルキーを生んできた。


人間には本来「自然物」を美しいと感じる習性がある。海に沈みゆく夕陽、春満開の桜、秋に色づく紅葉を見て不快に感じる人は少ない。それと近しい感覚で、工芸品の「素材が自然現象から自ずと生み出した表情や揺らいだ形状」に対して人は美しいと感じる。複数枚同じデザインの器が並んでいても、それぞれに微妙な表情の差が生まれ、テーブルの上が無機質になることはない。



それに対して、量産の仕組みで生まれた樹脂製品は基本的に金型を用いられるため、無機質な形状のものが多い。材料の均質が「是」とされてきた世界だけに、ムラのない質感のプロダクトがほとんどである。結果的に個別差が生じずにコピーしたような表情となり、消費者に飽きられやすい傾向にあった。



さらには「質量」の問題もある。樹脂は硝子や陶磁器と比較して、その軽さゆえにしばしば〝安っぽく〟感じられる。例えば、磁器でつくられた飯碗と同じ形状の樹脂製のそれを並べた時に、手に持って比べてみると、後者の方が軽くてペケペケした音から安っぽく、幼児用の器だと感じる人が多い。

これらの要因は、視点を変えれば長所となるのだが、ハイエンドレストランでは「場違いなもの」として印象を与えることにつながった。量産された樹脂製品はある側面から見れば、この素材にしか実現できない強みがある。それを活かした上で工芸品のような自然な「ゆらぎ」を実現できれば、これまでにない視点で樹脂製品を見てもらえる可能性があるのではないかと上町さんと柳井さんは考えた。

 

石川樹脂工業の技術

口に「樹脂」と言えど、様々な素材が日々生まれている。石川樹脂工業はそれらを積極的に発掘し、これまでに独自の精製技術を洗練させてきた。

「硝子や陶磁器と肩を並べ、用途や表現によって選択できるプロダクトを生み出すことができれば、結果的に使う人にとってより良い食体験につながるのではないでしょうか」

石川さんはそう語る。同時に上町さんと柳井さんの課題でもあった環境問題の悪役とされている樹脂(プラスチック)に対する誤解を解くことができるかもしれない。このような思考から、石川樹脂とseccaはプロの料理人がハイエンドレストランで上質な料理を提供するシーンで使える佇まいを意識してデザイン構想を練っていった。



自然のモチーフを理性的に設計する

以上のような「樹脂の欠点を克服し、長所を活かすデザイン」を基軸として、石川樹脂とseccaは商品開発に取り掛かった。今回採用したのは、硝子入りトライタン樹脂というリサイクル可能な新素材。トライタンはPlakiraでも採用し、「割れない食器」として多くの顧客から高い評価を受けた。一方で、硝子のような透明感を訴求していたため、傷が目立ちやすく、その比重の軽さからハイエンドレストランとの相性に課題が残っていた。

今回、その課題をクリアするために、強靭なトライタンにさらに硝子繊維を織り交ぜることで比重を高めた。形成した製品に意図的に色ムラを発生させ、工芸品のような表情を持たせる。硝子繊維の含有量を微調整し、樹脂の射出条件を練り直し、何度も工場と試作をつくり続けた。そして、ついに素材が生み出す自然なムラのある成形条件を割り出すことに成功した。



造形に関しては、樹脂製品の多くに見られる数学的で無機質な造形とは対照的なアプローチに挑戦した。食事を美味しくするためにプレートの表面に凹凸を設け、ソースのあるウェットな料理とドライな料理が共存できること(ソースが移動して他の料理に影響しない)や、焼いたパンを載せた時に蒸気が裏面に籠って蒸れないような機能を設計することを目標とした。

通常の金型設計の感覚で設計を行うとデジタル設計ツール(3DCAD)の数学的な造形によって、 規則正しいストライプ状の凹凸の連続やドット状に盛り上がった凹凸の連続などを採用しやすい。ところが今回は、原型として石膏でブロックをつくり、理想的な凹凸量を意識して、自然界にある造形をモチーフに手加工によって凹凸形状を作成し、その原型を3Dスキャンすることでデジタルデータに取り組む手法を採用した。



3DCADで設計したのは、裏側をフラット面にしたり、液体がこぼれないような縁、手加工で形づくった凹凸量を微細に調整するに留め、基本的には手加工で作成した凹凸をデザインの骨格として、デジタルの匂いを意図的に排除した。その結果、造形はこれまでの方法では到底生み出すことのできない有機的なフォルムとなり、先述した硝子入りトライタンの自然にできるムラと掛け合わせ、大量生産の樹脂製品には現れないような自然な佇まいを実現することに成功した。



重要な点は、決して硝子や陶磁器の「真似」ではなく、樹脂素材でしかできない自然な表情(=おそらく皆が目にしたことのない質感)を追求して生まれたこの素材ならではの顔つきであるということだ。 それは「自然まかせ」ではなく、「自然」というモチーフに対して強い意志を伴って設計された。

この先にあるもの

「樹脂という素材が海洋ゴミの一番の原因と言われているが、悪いのは捨てる行為や捨てられるようなものだと思っています。この問題に対する答えは明確です。永く使いたくなる樹脂製品であること。そんなプロダクトになることを願っています」

三者による鼎談はこの希望的な言葉で締めくくられた。

secca プロフィール

伝統工芸から最新のテクノロジーまで、様々な技能を持つ「職人」。考え抜かれた美しさを創り出す「アーティスト」。過去の歴史から学び、未来へと求められるカ
タチに、アップデートする「デザイナー」。食と工芸の街、金沢を拠点に、さまざまな視点からそれぞれの長所を活かしものづくりをするクリエイター集団。様々な体験を進化させ、手にした人々の心を動かすことを目標にものづくりの可能性を探求している。

 

石川樹脂工業プロフィール

石川樹脂工業株式会社は、石川県加賀市山中温泉地域で質の高い漆器木型作成し、輪島地方に販売することから始まった。その後、樹脂成形メーカーとして時代の
変化とニーズを常に捉え、新しい技術への挑戦を通じて時代の先端を走り続けてきた。創業当初から付加価値の高い樹脂製品を手掛け、大量生産の安いプラスチック製品とは一線を画すモノづくりを標榜してきた。その延期にある新ブランドARAS では、自社独自の成形技術と環境に配慮した素材を用いて素材の面白さを広げていきたい。