ARASのJournalでは、ご家庭でARASの使い方や盛り付けの幅を広げていくため、定期的に料理人さんとのコラボ対談を行っています。今回は、PLAT HOMEオーナーの岡川“ぽんた”透さんとARASのデザインを手掛けるsecca inc.代表の上町達也さんの対談です。ARASの新カラー「スモーク」シリーズと『ななめ小鉢』の発売に際し、岡川さんにARASの器を用いて料理を盛り付けていただき、盛り付けの楽しみ方や器と料理の考え方などをお話いただいています。こちらはその【前編】です。
プロの料理人さんのARASを使用する際の盛り付けの考え方や楽しみ方、実際の盛り付け例などをお楽しみください。
《PLAT HOME》
PLAT HOMEは金沢市彦三町にある創作料理店。築100年以上の日本の蔵を改装し、内装には日本の古道具をはじめ、アメリカやヨーロッパのアンティークが使用されている。洗練された和食ベースの創作料理とぬくもりが調和する空間。
《ARAS item》
『大皿ウェーブ』『深皿スクープ』から、すりガラスのような“スモークカラー”の新色「スモークブルー」と「スモークグレー」。『ななめ小鉢』は、特徴的な斜めのカタチが、並べた時や、重ねた時にも食卓に動きを生み出す。
料理と器のセッション
上町
今回の趣旨としては、器を「道具」として使うだけでなく、「器のある生活」を届けたいという想いがあります。ライフスタイルとしての「ARASのある生活」をシェアしていきたい。
料理が好きな人であっても、器に触れて、その場で「こういう料理をつくってみよう」と発想できる人はなかなかいません。そういう意味でも、岡川さんのような信頼のおける料理人からヒントをいただこうと思いました。
岡川
料理の楽しみ方は人それぞれだと思っています。たとえば、この『ななめ小鉢』を裏返して使ってもいい。そこに正解はありません。ちょっとした遊び心で料理の景色は豊かになります。今回も、「僕ならこう盛り付けるよ」というイメージでつくりました。
【材料】
真鯛、金時草、行者にんにく、酒粕、シソの花、えんどう豆のツル
岡川
「波=海」という発想から魚を選び、酒粕をパウダー状に散らして砂浜を表現しました。アクセントとして、春に採れた行者にんにくをペースト状にしてソースに。上からシソの花と、えんどう豆のツル。波の皿らしく初夏のイメージで、器の景色を楽しんでいただけるように盛り付けました。
【材料】
国産牛、かぼちゃ、トマト、甘酒、ガリ(生姜)
岡川
対照的に、こちらはフラットな面を見せて肉を盛り付けました。かぼちゃをペースト状にして色彩を。トマトは甘酒とショウガのガリを和えました。
器は、料理の着物
上町
岡川さんはプロの料理人として、「器」という存在とどのように対峙しているのでしょう。器に求める役割はあるのでしょうか?
岡川
和食だからこそ、器は一つのアクセントになります。今でこそ、ハーブや野菜でカラフルに仕立てる料理をつくることもありますが、基本的に和食は色味が控えめなものが多い。そういう意味でも、「料理の着物」と表現されるほど、和食は器を重要視しています。
それは風味にも影響します。料理が全体の風味を構成する80%だとすれば、残りの20%は「どの器に盛り付けるか」で補填される。器を含めて、100%の風味を考えていく。
上町
料理の景色が味覚に影響するということですよね。岡川さんの料理の視点と、表現としての器の関係性はとても興味深いです。店で使用する器は、作家さんによるオリジナルのモノが多いと思うのですが、岡川さんはそれらの器にご自身をどのように投影しているのでしょう?
岡川
その人が経験してきた中で生まれたモノには、必ずオリジナリティが現れます。それは器だけでなく、料理にしても同じで。たとえば、僕が今まで修行してきたことをそのまま誰かに教えたとしても、風味も見た目もわずかに変わります。全く同じ料理にはならない。それが、その人の「個性」であり、本質的な部分だと思っています。
僕とフィーリングが合う人の器であれば、必ず料理とマッチします。人となりが合う人なら、料理と器の相性も良い。お互いを高め合える関係性を構築できる。僕が作家さんと直接やりとりして器をオーダーすることが多いのはそのような理由です。
上町
料理と器の関係性が、風味を引き上げる。「会話の中でしか生まれないモノをつくりたい」という僕たちの目指している世界とかなり近いですね。
PLAT HOMEという「場所」、岡川“ぽんた”透という「人」
岡川
名前の由来は二つ。一つ目は、ぷらっと、家(home)に来る気分で、お店に遊びに来てほしいという想いから。二つ目は、電車の乗降場「プラットホーム(platform)」のイメージです。出会いと旅立ちの流れの中で、この空間を経由してもらえたらうれしい。この場所での出会いから、物語が派生してゆく。
僕の出身は、金沢の東山というエリアです。伝統的な建造物が並ぶ、昔ながらの風景がそのまま残っている場所。祖母が芸妓で、お座敷にも出ていて、踊りを教えていました。母も僕と弟が生まれるまでは芸妓として働いていた。東山という街は、住んでいる人よりも、店をしている人の方が多い。
自由軒というレストランがあり、料理人の若い兄さんたちが、幼い僕たちを構ってくれていました。店の裏側にいると、「お料理下げてきて」とか「洗い物しておいて」と声をかけてくれる。それが僕たちにとっての遊びでした。兄さんたちとのやりとりや、働いている風景がとても楽しそうだった。「食」の世界へ興味を抱いたのはそこからです。
上町
物心ついた頃から、金沢の伝統的な文化の中に身を置いていた。そこから料理人になっていったのでしょうか?
岡川
20~30歳までの10年間は「自分の店を持つ」という目標で進んできました。30歳からの10年間は、たくさんのことを経験し、幅を広げることを目標にした。「和食」という枠を取っ払い、「料理」という概念まで広げて解釈した。中華、フレンチ、イタリアン、エスニック……いろんなアイデアを和食にいかに落とし込むか、という考え方です。
おもしろいもので、20代、30代と経験してきたものを取り入れて創作してきた料理が、最近になって収斂されている感覚があります。にぎやかだった料理が、少しずつシンプルになっていく。素材に対する考え方がしなやかになり、調理の中での「遊び心」がわかってきたのも、ここ数年の変化かもしれません。
僕にとっても、この場所は「プラットホーム」です。終着点ではなく、この先に自分の夢がある。
上町
その夢について聴かせてもらえますか?
岡川
いずれ東山に帰り、店を開くことが一つの目標です。カウンターのみ、和食の王道に近い会席料理のスタイルで、目の届く範囲のお客さんにコース料理を提供する。今までで自分が経験してきたもの──国内外で見たもの、食べたもの、感じたもの、すべてを和食に落とし込んで、東山という場所で表現したい。
だからこそ、いろいろなものを体験することは大事で。積極的に海外に足を運び、「食」に対する様々なアプローチを取り入れています。文化が異なれば、同じ食材でも使い方に個性が出ます。幅を広げる中で、時間をかけて削ぎ落してゆき、最終的にシンプルな和食の世界を表現したい。
上町
和食にカジュアルな要素を取り入れているのは、料理人としての幅を広げるための仕組みだった。岡川さんのこれからが、とても楽しみです。
【後編】へ続く