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記事: 山本理世さんのファラフェル。 料理を通じて、空間をコーディネートし、幸せをつくる。

山本理世さんのファラフェル。 料理を通じて、空間をコーディネートし、幸せをつくる。

山本理世さんのファラフェル。 料理を通じて、空間をコーディネートし、幸せをつくる。

Profile

R!CE FOOD DESIGN山本理世(フードデザイナー/出張料理人)

オーガニック野菜を使った創作スパイス料理やvegan料理を得意とする。

2017年に出張料理人としてR!CE FOOD DESIGNを設立し、食と空間デザインを融合、楽しい食体験を提案。 ケータリング、フードコーディネート、フードクリエイションなど多岐に渡り活動中。


ファラフェルについて

マッシュしたひよこ豆を揚げて、ソースと一緒に食べる中東のヴィーガン料理です。ヴィーガン料理とは、動物性の素材(肉・魚・乳製品)を使用せず、植物性の素材だけを使用した料理のこと。もともとヴィーガン料理は、動物愛護の考え方をもとに成り立っています。

 ひよこ豆は淡泊な味という印象を持たれがちですが、この料理であればまた違った印象で楽しんでいただけます。わたしの中では、ファラフェルはひよこ豆を最もおいしく食べることができる料理です。

Vegan料理

スパイス香るファラフェル ( ひよこ豆のコロッケ )
ファラフェル (3~4人分)

材料 

ひよこ豆 200g
にんにく 1 片  
クミンシード  ひとつまみ
コリアンダー 小2 
玉ねぎ 1 個  
パセリ    1/2 株  
片栗粉     15g

(コーンスターチ)
塩       小1  
パクチー    適量

(タヒニソース)
ピーナッツバター(無糖)大1  
豆乳ヨーグルト     大1  
塩           小1  
米油          少量  
レモン汁        5g

作り方

①ひよこ豆を半日~1日たっぷりの水で浸水させておく。
②鍋に30%の塩と水を入れ30分程ひよこ豆を煮る。(指で潰れるくらいですが、気持ち硬めで良い)
③ 玉ねぎをみじん切りにし、塩をひとつまみ加えフライパンで弱火~中火で炒める。
④フードプロセッサーに柔らかく煮たひよこ豆と、にんにく、スパイス、粗熱をとった炒め玉ねぎと塩を加えフードプロセッサーで粗みじんにする。
⑤パセリを加え、さらにかくはんさせる。

⑥片栗粉を加え、スプーンや手でぎゅっと押し固める用に形成する。
⑦形成したタネに片栗粉をまぶし、180度の油でさっと色づくまで揚げる。

⑧タヒニソースを作る。ピーナッツバターは少し油分(米油)を加えると練りやすくなるので、柔らかくなるまで練ります。そこへ他の材料を加え最後に塩で味を整えます。
⑨器にタヒニソースを入れ、揚げたてのファラフェルをのせ、パクチーを飾れば出来上がり。

スパイスとハーブが香る豆のコロッケ。
ヘルシーでコクのあるヴィーガン料理です。白ワインに合う料理に仕上げてみました。

揚がったひよこ豆に付け合わせとして、一緒に食べてもらうタヒニソースをつくります。タヒニソースは白ゴマペースト、豆乳ヨーグルト、レモン汁でできています。今回は白ゴマペーストの代わりにピーナッツバターのペーストを使用しました。

ポイント

ひよこ豆は乾物で販売されており、一度水に浸さなければ煮ても戻りません。水煮したものが販売されていますが、やわらか過ぎてべちゃべちゃになってしまいます。ですので、豆は買ってきたものを水で戻して自分で煮るのが理想的です。また、ぐつぐつと強火で煮てしまうと食感が損なわれるので、豆の質感を残しながら煮るというのは押さえておきたいポイントです。

硬い豆の方が質感をコントロールしやすく、食感を残したければひよこ豆をフードプロセッサーではなく、すりこぎ棒で潰して粒を残した状態で材料と混ぜると良いでしょう。

揚げる時の注意点は、材料に含まれる水分量。水分量が多いと油の温度が低くなり、油の中で具材がほどけてしまいます。本来、それを防ぐために小麦粉、卵、パン粉などをつけて揚げるのですが、この料理はそのまま素揚げするので、形状する時にぎゅっと水分を出すように握るのがポイントです。コンスターチ、あるいは片栗粉を加えて具材が離れないようにしても良いでしょう。

ヴィーガン料理に魅せられたきっかけ

前職の頃、渡米させていただく機会があり、ロサンゼルスへ行きました。その時、友人に連れて行ってもらったヴィーガン料理のレストランとの出会いが、わたしの人生におけるターニングポイントでした。

ヴィーガン料理というと日本では精進料理のようなイメージで、宗教的なカラーやストイックな印象がありました。ですが、そのレストランの印象はわたしが抱いていたイメージとは全く異なるものでした。

扉を開くと、若い男女がドレスアップして、ヴィーガン料理を食べながらお酒と一緒に会話を楽しんでいる。コース料理が出てくるような格式高いレストランというよりも、カジュアルな居酒屋のような場所です。それなのにヒールをはいて、それぞれにおしゃれを楽しみながら華やかに会食している。その光景が私にとっては衝撃的で、一瞬で惹き込まれました。料理と音楽、そしてテーブルコーディネートされた空間。味もそうです。肉や魚がなくても十分おいしく楽しめるのだということをその時はじめて知りました。

あのレストランを訪れたことで、わたしの抱いていたヴィーガン料理の印象はがらりと変わりました。そこでの体験から「食事の雰囲気や、料理を通じてライフスタイルを自分なりに提案したい」と思うようになりました。それが今の仕事をはじめたきっかけにもつながっています。

 料理をつくるだけではなく、空間を含めてコーディネートしていく。

雰囲気や賑わい、そこに集まる人たちを含めて料理です。ヴィーガン料理を楽しんでもらうために「どんな雰囲気で食べたいか」「誰と食べたいか」「どんな会話がそこにあると楽しいか」ということについて深く考えました。自分でそのような食体験をつくっていくのが一番だと思い、キッチハイク(出張料理のサービス)に関わらせていただき、自宅ではなく、シェアホテル、器のお店など場所を変えて食事会を開催していきました。

「自分のフィルターを通して、ヴィーガン料理の魅力を自分なりに伝えていく」

ロサンゼルスでの感動をどのようにアウトプットしようかと日々、試行錯誤していきました。

ヴィーガン料理をよりおいしく、そして、ファッショナブルに。

まだ日本では、ヴィーガン料理といえば精進料理のような「味気がないもの」というイメージが根付いています。そのイメージをどのようにすれば変えることができるか。

まずは「おいしい」ということを伝えたい。乾物で食感を出したり、揚げて香ばしさを出したり、変わった食材を使ったり。調理の中でいくらでも工夫はできます。スパイスは洋風でいえばブイヨン、和風でいえば出汁みたいなものです。料理に奥行きや深みを与えます。味覚には甘味、苦味、酸味、塩味、うま味などいろいろ種類がありますが、それらを食材や調理法によって足し引きすることで味わいのバランスを整える。それをスパイスでコントロールすることによって深みを表現します。

また、スパイスは野菜との相性がいいので、野菜料理がとても深い味わいに変わります。ブイヨンを使わなくてもスパイスを入れるだけでぐっと味が引き締まる。工夫すればジャンクフードのような風味も表現できます。既存のヴィーガン料理のイメージを変えるには、インパクトのある味わいが役立ちます。お客様からは「ヴィーガン料理ってこんなに味の濃いものだったんだ」「肉・魚を使用していないのにどうしてこんなにおいしいんだろう?」といったうれしい反応をいただくことも珍しくありません。

例えば、今回の料理でつくったタヒニソースも本来は白ゴマペーストを使用するのですが、それだとソースとして薄くやさしい味になります。ピーナツバターのペーストを代用することで、コクが増す。白ワインとのマリアージュを楽しんでいただきたいという想いがありましたので、そのようなアレンジを加えました。

ヴィーガン料理を飲みものとの相性としても楽しんでいただけるように工夫する。お客様の選択肢を増やしてあげるということも大切だと思っています。それが「ヴィーガン料理」の新しい価値観を表現することへとつながります。

フードデザイナー、出張料理人として伝えていきたいこと

以前、ある人からクレイジーウェディング創設者の山川咲さんの著書『幸せをつくる仕事』を贈っていただきました。そこにはまさしく私が頭の中に描いていた世界が文章化されていました。

「幸せをつくる仕事がしたい」

みんなが幸せになるような食体験や日常の豊かさを私なりに料理を通じて届けたい。その想いから今の仕事をはじめました。
フードデザイナーとしての「私」も、出張料理人としての「私」も、同じ「私」です。違いは食体験を自宅でするか、外でするかというだけのこと。ちょっとした工夫次第で食事の空間はより楽しいものになります。料理は場所を選びません。これからもテーブルコーディネートによって「雰囲気を演出すれば毎日の食事が楽しくなる」ということを伝えていきたいです。

 

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上町達也さんの原点のハヤシライス。器を作る立場として〝食〟と関わっていく。食体験を通して、想いを伝えるための場所。

上町達也さんの原点のハヤシライス。器を作る立場として〝食〟と関わっていく。食体験を通して、想いを伝えるための場所。

Profile 上町達也(うえまちたつや)secca inc.代表 大学卒業後、カメラメーカーにプロダクトデザイナーとして就職。退職後、金沢へ移住し、伝統的な技術から最先端の技術まで様々な技術を掛け合わせ、新たな技能と解釈から生まれるものづくりを通してこれまでにない体験を創出するクリエイター集団「secca」を立ち上げる。創業後、まずはじめに始めたのがハヤシライス専門店「涎屋」だ。   ハヤシライスを作ることになったきっかけは? 金沢では珍しい洋館の築90年の町家。金沢市の重要文化財の指定を受けている建築物で、もともと旗屋のあった場所でした。ここで一品出すとしたら、何だろうか。カレーライスはおもしろくない。じゃあハヤシライスは?そこから涎屋のストーリーがはじまりました。 物件を見つけるとすぐに料理人の下で修行をはじめ、半年間かけて特製のハヤシライスをつくり、同時に専用の器もつくりました。コンセプトは「ハヤシライスを最も美しく、おいしく食べられる器」。すくいやすい器っていっぱいあるんです。ただ、それらは介護用や幼児用のものなど、美しさと共存していない場合がほとんどで。「美しさと機能性を成立させるためにつくってみよう」と創業メンバーの柳井とつくった器がseccaの代表作である『scoop』。   僕がハヤシライスをつくり、柳井が器をデザインした。僕たちの最初の共作です。 上町さんが大切にしていること。 当たり前に存在するモノを受け取ったり、消費する感覚が希薄になっていると感じます。モノが貧しかった頃は、その一つひとつに有難みがあったと思います。母親が手料理をしている背中を眺めている時間も、食べることの中で価値を受け取るがかけがえのない体験でした。 今はみんな働かなきゃいけないし、その姿を見せている余裕もなかったり。そのような環境の中で、例えば、食の川上で働いている人たちの気持ちを汲み取るということは難しい。それは日常には見えない景色なので。でも、食に関わる人たちの想いをクリエイターとして伝えていきたいと思ったんです。 まじめに伝えようとし過ぎるとアカデミックになってしまうから、僕たちがヒントにしていることは「おいしい」や「楽しい」という感覚です。シンプルな感覚を体感してもらう機会をつくることで結果的に伝えたいことを感じ取ってもらえるんじゃないかと考えているんです   金沢や能登のカフェをいろいろ巡って、その中で僕は「橘珈琲」の橘さんのコーヒーが大好きで。それは考え方なども全て含めて。「是非、涎屋のハヤシライスに合うコーヒーをお願いしたい」と、オリジナルでつくってもらいました。今でもseccaのオフィスで毎日飲んでいるコーヒーも変わらず橘さんのコーヒー豆です。 例えばね、先日橘さんと話をしていて。天候などの関係で、とある農園のコーヒー豆が今年は状態の良くないものしか手に入らないって言うんですよ。普通だったら、今年は仕入れるのを諦めるじゃないですか。でも、橘さんはその状態の豆から、その豆特有の良さを見つけ出し、それをいかに引き出すかというところに注力するんです。そうすることによって、豆に対してまた新たなアプローチが生まれる。 「その人しかできないもの」 僕は、そういうモノに惹かれます。 「効率化の下、導かれた余白のない答えよりも脇道に逸れて、偶然出会った会話から生まれたモノの方が人間臭くておもしろい」   金沢の新竪町にある『KIKU』のオーナーの竹俣勇壱さん。 金工作家として、ジュエリー、カトラリー、お茶道具などをつくっていらっしゃいます。竹俣さんは金工の中でも、鍛金と言って鉄に熱を入れ、叩いて、曲げて───錬金術のように作品をつくっていく。 「おもしろい技術を使っている」とseccaの噂を耳にして相談に来てくれたんです。最初にご協力させていただいたのが羽織の帯留め。「水引のモチーフを金属でつくりたい」という既存の金工技術の領域外にあるオーダーでした。僕たちは水引の伏線を解析してデジタル上で原型制作をしました。そこで興味を抱いてくださり、お付き合いがはじまりました。   新しい価値観の提示 印象的な仕事は、茶人古田織部の茶匙───それをチタン3Dプリンターで複製する。単に同じ素材でコピーをつくるのではなく、全く異なる素材と技術を使って織部の手仕事を再現する。そうすることでオリジナルの価値は高まるし、コピーもまたコピーとしての新しい価値が生み出せるのではないか、とオーダーを受けました。高精細な3Dスキャナーで現物を読み取り、ノイズ除去して、本物と全く同じ形状のチタンの茶匙つくってお納めしました。   KIKUのクリエーション。  竹俣さんのものづくりは一貫して自分が考える「良いもの」という価値観の下で形づくられています。そこには「工芸=手仕事が価値」といったバイアスは意図的に外されています。機械加工などの産業の仕組みを積極的に取り入れ、機械化した方が完成度の上がる工程ならば素直に機械加工を選び、手仕事でしか表現できない美しさは熟練した手仕事に委ねています。手段が目的にならず、目的から手段を決めている。 例えば、金属板を完璧な正円で切り抜く場合、手ですることも可能です。ただ、機械加工の方が目的とする形状が安く、速く、正確に切り出せる、といった具合に。興味深い点は、竹俣さんの作品には、必ずと言っていいほど「手仕事」が介入します。それは竹俣さんの「良いもの・美しいもの」という価値観が決めた竹俣さんらしさの現れだと思います。 産業がつくり上げたシステムと人の手でしかできない価値づくりを掛け合わせたクリエーション。既存の価値に捉われずに、今自分がいいと思うやり方で堂々とつくり、堂々と独自に見出した価値観でビジネスをしている。そのようなフラットな感覚だからこそ、話が合うし、影響を受けます。 「人間臭さ」というのが僕の中で大事なテーマです。 例えば、「効率的に」「万人がこうしているから」などの考えや行動は、次第に人間の手垢を消していく方向へ進みます。経済の中ではそれも大事なことかもしれません。 人の手垢や情念のようなもの。偶発的な会話の中で生まれたものを意図的に汲み取っていきたい。そういうドラマが大事で。こういう時代だからこそ、無機質な世の中にはしたくない。モノづくりも効率だけに傾いてはいけない。僕は「人の気配」をもっと感じたい。 seccaの代表作「Landscape Ware」 風景の器。器と料理の関係は、大地と建築の関係性を想起させる。 料理人が求める器をつくるのではなく、大地となる器をつくることで、「この上には何を建てる?」という問いを料理人に対して投げかける。起伏と陰翳から、新しい料理がはじまる器。   これからやっていきたいことは? とにかく自分がつくりたいもので、喜んでくれる人にそれを全力で出し切ったものを届けて喜んでもらう。その構図をより鮮明にしていくことしか考えていないんです。どうやったらそれがもっとシンプルになるかということをずっと仲間でも話し合ってきていて、それを下手にビジネスライクにしていたら仕事のための仕事に追われてしまう。 誰にでも得意不得意がある。seccaはそれぞれの得意が集い、お互いの得意でカバーし合っている組織です。そこに参加すると自分の得意が出しきれる場所になるというのが目指す姿。それさえ整えることができれば、いいものは勝手に生まれると思うんですよ。 もともと放っておいても作っちゃう人たちだから。そういう人たちが、一番自分が活躍できる場所だとなれるのが理想ではあります。目標は変わらないけれど、やり方は毎日変わる。人との出会いでアップデートされて変わっていく。でも、向かっていく先は立ち上げた時から全然変わっていません。

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Restaurant L’aubeでしか味わえない食体験。 今橋英明さんと平瀬祥子さんが料理を通してお客様へ届ける 〝おいしさの向こう側〟。器からのインスピレーションと記憶に残す感動のつくり方。

Restaurant L’aubeでしか味わえない食体験。 今橋英明さんと平瀬祥子さんが料理を通してお客様へ届ける 〝おいしさの向こう側〟。器からのインスピレーションと記憶に残す感動のつくり方。

Restaurant L’aubeのオーナーシェフ今橋英明さんとシェフパティシエの平瀬祥子さんへお話を伺いました。ARASの器からインスピレーションを受けて、二人が創作してくださった料理を紹介しながら、今橋さんと平瀬さんの出会い、そしてRestaurant L’aubeの哲学に迫ります。 Ouverture〈序章〉 海が近い農地、特に露地栽培で育った野菜は、豊富な滋味深さ、しっかりとした味わいや食感、個性を持ちます。  5月31日(日)の神奈川県の横浜市と鎌倉市の境にある私が以前就農していた畑には、新玉ネギ、新ジャガイモ、少しとう立ちして厚みを帯びたレタス類、春の名残りの黄かぶや黒大根、初夏を告げる胡瓜、ズッキーニの若芽、初取りの隠元、まだ青いトマトや茄子が梅雨入りを待っている状態でした。夏を前に香りが強くなるミント、コリアンダーやルッコラ、フェンネルの花が軽く湿度を帯びた潮風に揺れて強く芳しい香りを放っています。  ───お二人が出会う以前のお話についてお聞かせください。  今橋フランスのニースで修行していた店(KEISUKE MATSUSHIMA)の東京店として、Rstaurant-Iは2009年に開業しました。私は、立ち上げからその店に入ることになるのですが、一年を経たずして退職します。  その折に、鎌倉のとある店から「シェフとして働かないか?」というお誘いをいただきました。出身が横浜だったこ  ともあり、私はその提案を受けました。そこで鎌倉野菜と出会います。  「野菜をつくりたい」   「食」と関わる仕事は、料理だけではなくともいろいろな方法がある。そのような想いから、農業をはじめました。生産者のもとで週5日働き、残りの2日をレストランで過ごした。  半年ほどそのような生活が続いたのですが、農業中心の仕事から、次第にレストランで働く時間が増えていきました。   「今橋くんはやっぱり料理人なのだから、望まれているなら戻った方がいいよ」  生産者である野菜農家の加藤宏一さんのその言葉が今でも深く心に残っています。そして、Rstaurant-Iへ戻ることを決めました。一年ほどシェフの右腕として働き、その後、同店のシェフとなりました。  その時、店ではパティシエを募集していました。いないわけではなかったのですが、とりわけ適任の人物がいたわけではなく。固定のパティシエを求めていました。  「フランスでパティシエをしていた腕の良い女性がいます」  当時、私の二番手を務めてくれていた子が、心当たりのある人物を知っていました。その時、面談に来てくれたのが平瀬: 祥子さんでした。 平瀬ちょうどどこか別の店に移ろうと思っていたタイミングでした。一時期、体調を崩して休養をとっていた期間がありました。その後、「人手が足りない」という理由で友人の店を手伝ったのですが、それはあくまでも〝手伝い〟でしかなかった。自分が考えたものであっても、お客様の前へは友人の名前(シェフの名前)として出されます。極端な表現かもしれませんが、そこには私の責任はない。  もう一度〝シェフ〟という立場で仕事がしたい。  そのタイミングで「Rstaurant-Iがパティシエを探している」と、声をかけていただきました。 Prelude〈出会い〉 玉ねぎはフライパンで焼くことで、土の香りを出しつつ、火を入れることによって辛味が甘味へと変化していきます。新ジャガイモはゆっくりと塩茹でし、ホクホクに。隠元はさっと塩茹でし、すぐに冷やし、食感を残します。茄子は煮浸にし、胡瓜はスライスして塩とレモンのフレーバーを帯びたオリーブオイルで軽くマリネ。根菜類は2mmにスライスして、氷水に晒し、食感と厚さがもたらす野菜の滋味を引き出し、水分をしっかりと含んだレタス類は軽く洗ってそのまま使います。 調理を通して野菜それぞれの個性を引き出しているのでしっかりとした野菜本来のおいしさを五感で味わうことができるサラダとなります。私の就農経験も合わせて、この料理が相応しいと思いました。 ──お二人のお互いの印象についてはいかがでしたか?   今橋キャリアもそうですが、一度お会いすれば「仕事ができる」ということはわかります。パティシエとして、ぜひ入っていただきたいと思いました。 平瀬信頼のある人物という印象でした。  例えば、後輩が野菜などの食材を雑に扱ったりすると、「これをつくった人が、どのような想いで育ててきたのかを考えろ」と、そのように指導している姿を見て、驚きました。普通だったら、もっとざっくりと怒りますよね。「つくり手の気持ちまで考えなよ」というのをしっかりと伝える。きっと生産者としての経験があるからなのでしょう。器にしてもそうです。「自分がものをつくる人間だったら、ものをつくってくれている人の気持ちを考えてていねいに扱わないといけない」と常に言っていました。そのように指導する人をはじめて見ました。 今橋人の気持ちを汲み取ることを強く意識したのは、今平茂シェフとの出会いが大きかったように思います。私がキャリアをスタートさせたのは、横浜にある霧笛楼という店です。今平シェフの下で6年半働きました。「技術よりもまず人格」という言葉をいつもおっしゃっていて、人として大切なことを優先する人でした。当時、料理の世界に入ったばかりの私は右も左もわからない状態で。新しい現場に行く度に、今平シェフの言葉が深く染み入るように、身体的に理解していったように思います。鎌倉での生産者としての経験も大きかったです。しもやけで赤く腫れた手で芥子菜を摘んでいるおばあちゃん。朝4時に作業小屋に出てきて、野菜を収穫している姿。そのような光景を見ていると、それぞれがつくり手で、何かを生み出している。そこに対する感謝や敬意というのは忘れてはいけないと思っています。  平瀬さんとの出会い、時を同じくして、今回器のデザインをされたseccaさんを紹介していただいた───。 纏めるソースは、干し甘海老の旨味を凝縮させて、魚醤、オリーブオイル、唐辛子を加えたソースです。干し甘海老は、この器をデザインされたseccaの方々と初めてお会いした時に、「金沢にこういうものがあってね」とご紹介された思い出がある食材です。その時につくったソースは、ただ食材を粉砕してオリーブオイルとニンニク、唐辛子と合わせただけのものでした。感覚でつくったわりにおいしくできた記憶があるものの、改めて思い返してみるとまだ荒削りでした。あれから約7年が経ち、次回メニューでこのソースを昇華させたいと思って試作をしていた矢先に今回のお話(ARAS Journal)をいただきました。seccaさんも石川樹脂さんと手を組み、過去の経験からヒントを得て、新たな材質によって技術を昇華させていくというタイミングということもあり、それらの背景を含めて良いチョイスだなと思いました。   L’aube 〈響き合う物語のはじまり〉 ───どのような経緯で、Restaurant L’aubeを開業されたのでしょうか? 平瀬二人が「独立を考えている」と話しはじめたタイミングは同じ頃だったのではないでしょうか。私はもともと「一人で店をしたい」という想いがありました。周囲には「一人でスィーツバーのようなものをやりたい」ということを話していました。開業するに当たり、いろいろと調べたりしていたのですが、どうしてもお菓子づくり以外の部分が弱い。経理関係や経営について、私にはできないのではないかという不安はありました。   今橋様々な経験をさせていただく中で、「他人の哲学の中で仕事をする」ということに窮屈さを感じはじめていて。そのことが原因なのか、体調を崩すようなことも起きていた。「シンプルにやりたいことだけやりたい」という想いから自分ですることを考えはじめました。レストランというのは絶対に一人ではできません。右腕がいて、左腕がいて、もちろんシェフという責任者がいる。平瀬さんも「店をしたい」という想いがあったことは知っていたので「一緒にやってみないか?」と声をかけました。タイミングがいろいろと重なった。 自然が創造した美しさと、人が創造した美しさの絶妙なハーモニーを生み出すこと。 《その瞬間にしか存在しない美味しさ》を創りつづけること。 ここから私達の物語が始まる。そんな想いを込めて「L’aube(ローブ)」と名付けました。 生産者のこだわり、その風景、季節の移ろい、日本とフランスの食文化が響き合う、新たな美味しさ、愉しさ、心地よさと、それらが誕生する美しい瞬間をお届けしていきます。 〈※Restaurant L’aube  HPより〉 Restaurant L’aubeの料理は、小さなフィンガーフードがあり、5皿料理が出て、デザート2皿、それから最後にチョコレートが出てきます。まずは手で触ってもらって、触覚で体験し、味覚で味わいながら、温度や匂い、音など、いろいろな変数の振り幅を持たせながら表現していく。 その瞬間にしか存在しない美味しさ  今橋 私は、食材というのは〝リレー〟だと思っています。野菜を育てている人がいたり、魚を捕獲する人がいたり、それを仲卸してくれる人がいたり……料理人として私はそのリレーの途中にいる。食材をお客様の口元に運ぶためには、それらのことを明確に説明できなくてはいけません。 例えば、「長崎の五島列島の魚屋の林さん(気合いの入った女性です)は、海中放血神経締めの処理をスジアラに施します。割と型の大きな魚は、その処理をすることで長期熟成をさせることができます」という風に。 おいしさの向こう側  今橋〝シェフ〟という「料理を考えなければいけない立場」になった当時は、自分の経験からでしか料理はつくれなかったので、今までにつくったことがある料理をなんとなく自分でアレンジしていました。  ただ、「おいしい」ということは当然なのですが、いろいろな方とお会いする中で、〝おいしさの向こう側〟が一番大事なのではないか、と感じるようになりました。そこをもっと追求していきたい。そうすることでRestaurant L’aubeにしかないものになっていく。  例えば、器であればつくり手の想いがあり、「このような着想を得てつくりました」という物語があります。それが料理の要素とリンクしていれば、点と点がつながる。互いにつながった点は新しい物語を生みます。  それを伝えることで、お客様が口へ運んだ時に納得してくださります。「おいしい」という感情に、「そうなんだ」という納得が加わる。感情と同時に脳が満たされていく感覚です。どの店に行っても料理はみんなおいしいんです。そこに何かロジカルな要素があると、料理が輝くのではないかと思います。それは自分が食べていても感じます。 平瀬その時々によって違いますが、私の場合は「自分が食べたいもの」から発想するかもしれません。  また、デザートには一般的なスィーツやおやつとは異なり、コースを締めくくる役割があります。お客様の反応を見て、「コース料理が重たいかな」と思えば軽めにしたり、反対に完食していたとしても「お腹が減っている」という声が聴こえてきたりすると、味付けを濃くしたり、糖分で調整したり。お客様の反応を観察しながら、リアルタイムで現場に反映させていきます。  器に導かれる料理  「豊かな大地」は滋味深い野菜を育ててくれます。サラダの語源はラテン語で「塩をする」という意味に由来しています。海の波紋をイメージして制作された器から、母なる海がもたらしてくれる「ミネラル豊富な大地」と「塩」を連想しました。    ───お二人のアイデアや表現の源泉はどこから?  今橋今回の器では、きっとここに乗せてほしいのだろうという平らな部分が端にあった。「波紋の形状によってソースが混ざるように」とそれぞれの配置をイメージした時に、「ああ、これは野菜だな」ということは考えていました。それはもう、手にした瞬間に。  平瀬最初にseccaさんのLandscapeのお皿を購入させていただいた時に、「この器だからこそできる」という体験と出会いました。器の中に円形がたくさんあって、それぞれに高低差がある。そこでは、一般的なフラットな器では思いつかないアイデアが生まれます。 今までお店でつくっていたデザートとは全く違うものになっています。この器だからこそできる料理というものが生まれてくる。 乗せる部分が少ないから、必然的に料理を細かく分けることが求められます。分けた時に、食感や風味を少しずつ変えてみたり。そこからバラエティに富んだアプローチが生まれます。例えば、木にまつわる香りのデザートをつくった時は、時間の移ろいを含めて森の中を散歩しているようなイメージだったり。 また、Landscapeの器には「すべらない」という素材の特徴があります。そのマットな質感を活かして、桃や洋ナシなどの水分の多い果実を立体的に盛り付けることができます。一番下にすべりやすい桃を置いても、重ねていくように飾り付けをできたり。 この器だから実現できる表現ですよね。  平瀬なみなみとした器の形状と、飴細工の波打つ形状が、良いハーモニーを生むだろうと連想しました。見た目の凹凸の部分と薄い飴細工がさざ波のような共鳴を起こします。このドレッセ(盛り付け)にすることを決めてから食材を選びました。ドレッサージュは、seccaさんの器のデザインからインスピレーションを受け、元はシンプルなデザートをお皿の形状に沿う飾りを施すことでドレスアップしていくイメージです。器とのコントラストを考えて、明るい色にしました。飴細工と花を白にして、器の白と一体感を。  今橋例えば、海が見えるテラス、森林の中にある冷涼な別荘地、あるいは丘の上のレストランで出てきたらかっこいい。やはり白や黒は太陽に映えるので、お日様の下で食べるような食体験になるといいですよね。どのような場所やシチュエーションで出すのかを考えることでイメージは拡がります。波紋は視覚として楽しんでいただけるように大きなスペースを空けました。あえて、端につくった平らな部分に野菜を乗せ、奥から手前にカトラリーで野菜とソースを一緒に運んでいただくことで、波紋という形状が機能してソースがよく絡みます。器のデザインと料理のおいしさを一緒に楽しめる一皿ではないでしょうか。  平瀬店でseccaさんの器を扱うことは、二人の中では暗黙の了解になっていました。scoopを見た時に、ただただファンになった。ファンというのはコレクターのような性質があって、やっぱり違う形の器もほしくなるじゃないですか。「これ、すごい。見たことない。ほしい。何に使う?わからない。でも、何かできそうだよね」って。  今橋平瀬さんの言う通りで、最初から決まっていました。seccaさんの器を見た時に、自分たちと一緒にこれから長いお付き合いできる方々なのではないか、と。プロダクトだけでなく、人の部分でもそのことを感じていましたので、必然というか。つくってくれたものにいつも驚きがあったり、「この器に盛るには、どういう料理がいいだろう?」など、それをすごく考えさせてくれる器が多いので。一緒にお仕事をさせていただいて、すごく楽しいです。 Postlude〈L’aubeのこれから〉 ───レンストラン、あるいは、料理人としての在り方や目標などはありますか? 今橋それがないからできるのかもしれないですね。形になってしまうとそこで終わってしまいます。自分たちが持っているものをコツコツ磨き上げていくことしかない。その先はまだわからないです。 平瀬パティシエって女性が多くて。だんだん結婚や出産で、職を離れていくので、そういう人たちが一緒に働いていける環境をつくっていきたいという想いがあります。「レストラン」を、女性たちが仕事を続けていける場所にしていく。それが今の目標ですね。

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