3月20日、ARASの新商品「キッズシリーズ」が発売された。ARASのInstagramでは発売を記念するライブ配信が行われた。
「食べる楽しさ」を親子でシェアできるというコンセプトを元に開発された今シリーズは、食を通して子どもの好奇心や喜びを引き出し、料理の幅を広げ、親子が共に過ごす食卓の風景を豊かにするアイテムだ。器・カトラリー共に、素材、色、カタチは通常の大人用と同じデザインが施されている。そこには、デザイナーたちの想いが込められていた。
今回の配信では、ARASのプロダクトデザインを手掛けるクリエイティブチームsecca代表の上町達也さんとseccaのクリエイティブリーダーである柳井友一さんがキッズシリーズの魅力を語った。また、ARASのマーケター山中沙紀さんには子を持つ親の立場から普段使いのARASについて話を伺った。
文 / ファシリテーター:嶋津(ダイアログ・デザイナー)
大人と同じ食体験を
嶋津:
キッズシリーズをおつくりになったきっかけを聴かせてください。
上町:
兼ねてよりユーザーの皆様から「キッズ用の器がほしい」とのご要望がありました。また、チームメンバーのほとんどが子を持つ親であり、いただいた声が僕たちにとって“自分ごと”であったことが大きな理由です。重要なことは「ARASらしいキッズシリーズとは?」を考えることです。
世の中を見渡してみると、子ども向けの商品はポップで丸くてかわいいアイテムばかりだと気付きました。安全性を考慮した上で設計され、“子どもらしさ”を表現した商品であり、それが一つの選択肢だとは思います。
ただ、自分の子どもの頃の記憶に立ち返った時、必ずしも「子ども=かわいいモノ」でなくとも良いのではないか。そのような想いがありました。
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「いち早く“ホンモノ”に触れたかった」
クリエイティビティの種は、上町さんの原風景にあった。お父さまの職業柄、家にはたくさんのメカが並んでいた。その一つひとつにこころをときめかせた。中でも憧れていたのは、お父さまが大切に扱っていた巻き上げ式のフィルムカメラ。「あのカメラで写真を撮りたい」。少年時代の上町さんは想いを募らせた。でも、「どうせ壊すだろう」と触れさせてさえもらえなかった。代わりに買ってもらったおもちゃのカメラは、本当の意味では上町少年のこころを満たすことができなかった。
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上町
早くから“ホンモノ”に触れることで、多くのことを学べると思っています。性能はもちろんのこと、扱う際に美しい所作も自然と身につきます。だから“ホンモノ”は遠ざけるべきではなく、触れる機会を増やしていく。それも、あるべき考え方の一つであると思っています。
僕たちは“こだわりがある人の普段使い食器”を目指し、家庭の食体験をよりおいしく、より楽しくすることを思索してきました。素材にも、色にも、カタチにも「おいしい」に繋がる想いや意図があります。子どもが使用する器であっても、その価値は大きく変わらない。だからこそ、子どもに対しても大人と同じ扱いをする。そこが基軸となっています。
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ARASは「食」を豊かにするブランドであり、“食体験の時間”そのものをデザインしてきた。その中で、大人だけがARASに触れ、子どもは違う食器を使う状況に疑問を抱いていた。子どもが親と同じモノを使いながら、食卓を共に過ごす。「それがARASらしい回答だと思った」と上町さんは話した。基本的な装いは大人用と同じ思想で、安全性を確保しつつ、子どもが使用しやすいサイズにチューニングした。
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嶋津
「子ども扱いしない」という姿勢は、言い換えると「子どもを対等に見ている」とも表現できますね。“子どもらしさ”を決めつけるのではなく、キッズシリーズからは子どもに対するリスペクトを感じます。
上町
スタンスとして「子どもを対等に見るべき」というよりも、「選択肢の幅を広げる」という意味合いの方が大きいように思います。世の中に既に同じ考え方の商品があれば、アプローチは変わっていたかもしれません。僕たちのリサーチの中では、大人と同等に選べるモノはほとんど見受けられませんでした。だから、それをARASが形にする。“選べる状況”を提案することにも価値があると思っています。
嶋津
ARASには「食体験のアップデート」という考え方がありますよね。大人はもちろんのこと、それを子どもの頃から体感できることは、食育にも繋がりますね。
上町
2、3歳になると、道具を使って食べ物を口にしはじめます。うまく道具が扱えないと、「食べる」という行為自体が嫌いになるケースもある。たとえば、スプーンで食べ物をすくうことができない、など。それは、子どもの安全性を考慮して、道具を分厚く(丸く)し過ぎたことが原因の一つだと思っています。
ARASは樹脂素材であるため、殺傷性を抑えることができます。素材の力によって安全を確保しながら使いやすさを追求し、大人と同じ装いで食事ができる。上手に食べることができることで「おいしい」と結びついたり、「食べる」という行為が好きになってゆく。さらには、親御さんとのコミュニケーションにも繋がります。
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上手に食べることができた体験が「おいしい」という感覚や「楽しい」という感情へと結びつく。子どもの成長と共に、自尊心も養うことに繋がってゆく。ARASの魅力は、ライフスタイルに溶け込んで、それぞれのこころを豊かにすること。上町さんの考え方からも伝わるように、決して無理強いはしない。新しい価値観を提示して、“選べる状況”を提案してゆく。
デザインに息づくきめ細かな配慮
嶋津
商品の特徴に関してはいかがでしょう?
柳井
キッズシリーズの装いは、基本的に大人用と同じ考え方です。ただ、単純に縮小したわけではなく、所々相応しいカタチへ再設計しています。深皿スクープは、大人用もキッズ用もカレーやスープなどの料理をすくいやすいデザインですが、器の安定化のためにボリュームのある肉厚に調整しました。重心が下にあるため倒れにくく、子どもが安心して扱えます。
カトラリーは、持ち手が円筒状になっており、大人と子どもそれぞれが自分の手にフィットする部分で支えることができます。口元の厚みは、極端に薄いと口をケガさせてしまう危険性があるため、大人用のスプーンと共通して0.8㎜の厚みに。小さな子どもは口の幅が狭いので、そこに照準を合わせています。離乳食から使いはじめることが可能です。
ナイフは、ノコギリ刃の機能を踏襲していて、大人用と基本的な切れ味は変わりません。ただ、子どもでも力を伝えやすいように、刃と柄の比率を調整しています。大人用では、およそ一対一の割合ですが、キッズシリーズでは刃を若干短くしています。「切る」という動作は、人差し指でナイフを押し込みながら力を加えます。支点と力点のポイントをずらして、負担なく切ることができます。
嶋津
サイズが小さいだけではなく、ARASの思想を基準とした細やかなデザインがそれぞれのプロダクトに落とし込まれている。キッズシリーズと言いながらも、大人でも十分に使えそうですね。
上町
うれしい視点です。キッズシリーズは、子どもに使用していただけることを目的にしたサイズ感ですが、当然のことながら大人でも使用していただけます。たとえば、小さいスプーンであれば子どものメインスプーンとして、一方で大人にはティースプーンやデザートスプーンとして使用いただける。その点も考慮しています。
柳井
また、どの器も裏側に微かな凹凸をつくり、安定を保たせています。まったく平らにすると、テーブルのわずかな傾きによってカタカタと動いてしまう。テーブルとの接地面は、縁のみであるため、全面が擦れて傷つくことがありません。また、一般的な器には「高台(こうだい)」と呼ばれる縁がありますが、洗浄の際に水滴が残りやすい部分でもある。それらの点を解消する構造とデザインをしつらえています。
左:カトラリーは素材の性質を活かして、器と接触してもカチャカチャと不快な音を立てず、木に近いやわらかな印象の響きをもたらす。
右:スタッキングした深皿スクープ(大と中)。片付けられた佇まいまでデザインが落とし込まれている。
おいしい時間
嶋津
ここでARASを普段使いしている山中沙紀さんに、実際に子どもを持つ親の立場からお話をお伺いします。
山中
私には二歳になる息子がいるのですが、朝食ではななめ小鉢にヨーグルトやフルーツを盛り付けて、デザートスプーンを使って食べています。デザートスプーンは、ななめ小鉢との相性も良く、とても食べやすそうな印象です。
昼食や夕食では、中皿ウェーブを使用しています。ただ、カレーライスやパスタなどの場合、スタンダードな深皿スクープのサイズだと大き過ぎる印象がありました。今回キッズシリーズで中サイズが登場するので、盛り付けるにはちょうどいいサイズ感だと思っています。
柳井
私にも、もうすぐ五歳になる息子と二歳の娘、二人の子どもがいます。山中さんの仰る通り、既存の深皿スクープでは、子どもの分量にしては余白が多かったので、料理の見栄えが少し寂しい状態でした。キッズシリーズによって、盛り付けもより美しくできそうです。子どものテンションが上がって食事を楽しんでいる光景が目に浮かびます。
山中
スプーンに関しても、デザートスプーンと長さは同じなのですが、口元が小さくなる。二歳の子どもにとっては、より収まりやすく大口を開けなくてもしっかりと食べることができるサイズ感ですので、カレーライスなどとの相性が良いのではないでしょうか。キッズシリーズの登場で、盛り付けや料理の幅が増えることが楽しみです。
あと、「割れない」という安心感があるので、子どもに出している食器は気付けばARASの器が並んでいます。
嶋津
特にお子さまがいらっしゃると「割れない、傷つかない」という点はうれしいですね。
山中
最近では、盛り付けた料理を子どもたちにキッチンからテーブルまで運んでもらっています。キッズ用のサイズだったり、「割れない」安心感があると、心置きなく二歳の子どもにお皿を渡せます。配膳から食事をするところまで、親子で一緒に楽しめることはうれしいですね。
嶋津
「食べる」だけでなく、料理の準備や後片付けなどでもコミュニケーションが生まれている。「今、ここ」での食体験を共有するだけでなく、それが親子の思い出になったり、コミュニケーションが集積された先に育まれる感受性の豊かさにもつながっているように思います。キッズシリーズは、“未来へのギフト”のような印象を受けました。
上町
まさに仰る通りで、ARASチームで常々話していることは、「おいしい体験」は、単純に“食べる行為”だけではありません。「何を作ろうか」と料理を考えるところから既にはじまっています。食材を選んだり、お皿を選んだり、調理をしたり、家族で会話したり。子どもが安心して使用できる食器なら、落としたり割れたりする心配をしなくてもいい。料理の味や家族との会話など、「楽しむこと」に集中することができます。
“食事”という一連の流れで浮き上がってくる気がかりや小さなストレスを、素材とデザインによって解決してゆく。それが、結果的に準備から片付けまでを含めた“食体験”を豊かにできる。
家族の会話や感情を共有することが、トータルとして「おいしい時間」だと思っています。
家族で過ごす食事の時間が楽しいから、器も、料理も、家族も、会話も、すべてを大切にしたい。そう思える時間を積み重ねた先、子どもたちはどのように育ってゆくのか。三人の話を聴きながら、ARASが描く未来を体験してみたいと思った。
ARASでは、キッズシリーズ発売のイベントとして「Oyako RESTAURANT」を東京と金沢で開催をおこなった。今後も全国各地でパートナーとなるレストランやゲストと共に食体験イベントを展開してゆく。