前回に引き続き、Restaurant L’aubeシェフパティシエの平瀬祥子さんとARASのデザインを手掛けるsecca inc.代表の上町達也さんの対談、その後編です
《平瀬祥子》
ホテルニューオータニ熊本で料理の世界へ。2003年渡仏。パリ最古のパティスリー・ストレーで研修をスタート、2年後にはパティスリー・パスカルピノー・パリのスーシェフに。エッフェル塔内レストラン・ジュールヴェルヌ・パリを経てレストラン・トヨのシェフパティシエ就任。2011年帰国。エディション・コウジ シモムラ、 レストラン・アイの シェフパティシエを務める。2016年シェフ今橋英明氏とレストラン・ローブ 開業。2018年度版〜2020年度版ミシュラン一つ星獲得。2020年度ゴ・エ・ミヨ ベストパティシェ賞受賞。
自分の「好き」に、素直に。
感性の赴くまま、自分の「好き」に素直に、平瀬さんはデザートを盛り付けてゆく。時にファッションを楽しむように、時に目にした風景を再現するように、時にアーティストの気分で、時に大切な人に贈るギフトのように。それは、魔法のように見る人のこころをぱっと明るくする。
──平瀬さんに盛り付けられたデザートを見ているだけで、気分が華やぎます。盛り付けにおいて普段意識していること、さらには平瀬さんの視点から「家で楽しめる盛り付け」についてのアドバイスをお聞かせください。
平瀬
お菓子って、料理よりも飾りが多いと思うんですね。それって、女性がお化粧したり、洋服を選んだり、おしゃれすることに近い感覚だと思っています。素材そのものをドンっと置いてプレーンな状態で味わうことも良いけれど、ファッションのようにおしゃれを楽しんでもらうことも大事にしています。それぞれのパーツ(食材)がお皿に合うかというのは、トータル的なバランスで決めています。
上町
チーズケーキとクランベリー、そしてピンクグレーの器、それぞれの色彩の組み合わせはまさにその考え方が基ですね。さらに言えば、振りかけた胡椒が風味とビジュアルどちらにもアクセントになっています。チーズケーキに胡椒という組み合わせは、僕たちには到底思いつかない。
平瀬
「デザート」の枠を外して「料理」として捉えると、いろんな解決法が見えてきます。パティシエと料理人の考え方って全く違うんですね。私はレストランの経験が長かったので、その思考が影響しています。シェフの今橋(Restaurant L’aube)に「デザートの仕上がりが重たいんだけど」と相談すると「酢を足して見たら?」「胡椒をかけてアクセントにするのはどう?」「トリュフをかけてみる?」などのアドバイスが次々と返ってくる。料理人との会話の中で、そういう発想が日常となっていきました。お菓子に合う材料だけでまとめようとすると、おそらく私自身の個性が出ない。いわゆる“普通”のデザートになってしまうように思います。もっと自由でいい。
上町
平瀬さん好みに味変して、盛り付けに反映させているのですね。正解をなぞるように盛り付けするよりも、遊びごころを持って「自分好み」の味を探すようにスパイスを扱えるようになると楽しそうですね。
みんな、“なんとなく”盛り付けていると思うんです。なんとなく「シフォンケーキに生クリーム乗せて、ミントを置けばいいんじゃないか」といったように。
平瀬
「ミントを飾っておけばどうにかなるだろう」という考えはもったいないですね。全ての盛り付けが同じ形になってしまいます。ミントなどのハーブ系は、それが必要な味わいなのであれば飾りますが、そうでない場合は飾りません
上町
新しく「自分好み」にチューニングする。ガトーショコラには、2種類のクルミが生クリームの上にかかっているのですが、それは風味とも強く関連していますが、その造形が盛り付けのアクセントになっている。風味の設計図をそのまま可視化した美しさを感じます。
もてなす「あなた」を想像する
平瀬
誰かを招いておもてなしする時、相手がもし甘いものが苦手な人であれば、お酒に合うようにスパイスを利かせたり。逆に甘いものが大好きな人には、生クリームを乗せてあげたり。「誰が食べるか」というポイントでアレンジしてゆくと楽しいかもしれません。そうすると、同じケーキでも盛り付けは少し変わってきます。
上町
マカロンの時も、お客様に合わせた絵柄を描いてお渡ししていたと仰っていましたね。一人ひとりに対する心配りにも盛り付けのヒントがある。
平瀬
私が実家に住んでいた頃、母の手料理を食卓で食べる時に、家族それぞれの器が色分けされていたんですね。お正月の時は、箸置きがそれぞれ色違いだったり。お父さんはこの色で、姉はこの色が好きだから、と。そのような家庭で育ったので、なんとなく自然と誰しもに好きな色があるものだと思っていて。
お店では、リピーターのお客様に対しては「明るい色が好きだから、ピンクにしよう」など、その人に合わせて色合いを選ぶこともあります。フレンチでは「同じテーブルの人は、同じ皿を出さなければならない」という暗黙のルールがあるのですが、私はせっかくお客様の見える距離にいるのだから、その人が喜びそうな色を選ぶことも一つの楽しみのような気がしています。もてなす側の意識ですよね。
上町
「お母さんが自分のために選んでくれたことがうれしかった」という原体験に由来している。「もてなしたい」という時の器の選び方、盛り付け方。お客さんへ出す時はその人との思い出や印象を添えて。「わたし」と「あなた」にしかわからないコミュニケーションツールだと思って色を選ぶことも一つのギフトですね。
色の楽しさ
上町
今回の器は「家庭で使いやすいお皿」をテーマにしました。デザートを食べる時間をより華やかに、より楽しく過ごせるにはどうすればいいだろうと考えた。意外と、家庭でデザートを食べる時にしっくりくる器ってないんですよ。カップ&ソーサーの器にケーキを乗せたりすることもある。段差があるからケーキも歪むし、フォークできれいに切れない。それらの課題を解決した上で、目で見て楽しむことも重視したのが小皿スロープです。
今回、平瀬さんのデザートと器の関係性における色使いにたくさん発見がありました。普段、白や黒などシンプルな器を選びがちなのですが、ぼくたちももっと色を楽しんでいいのではないだろうか、と。その中で、器の色の生かし方などあればお聞かせいただけるとうれしいです。
平瀬
とても使いやすいので、自宅でもこの器で盛り付けすることがあります。最初、ピンクグレーのお皿が扱いづらい印象だったのですが、使っているうちに愛着が湧いてきて。最近では、鱧を湯引きしたものをバーナーで炙って、菊の花を上からざっと散らしたのですが、白身魚の炙って焦げた色と、菊の花びらの黄色が、ピンクグレーの皿に映えてとてもきれいでした。ずっと使っていると、今までと異なる色合いが見えてきて楽しくなります。例えば、クリームブリュレなど表面が焦げた色にも合うし、秋の食材とも相性が良い気がします。色味のある器も使い続けているうちに、映える料理が見えてくる。そこからだんだん盛り付けが楽しくなってきます。