文章: できない理由を言う前に、やってみる。~『角皿 たまり』に宿る、ARAS のものづくりと食の風景~

できない理由を言う前に、やってみる。~『角皿 たまり』に宿る、ARAS のものづくりと食の風景~
食卓の欠けていたピース
ARAS のラインナップに、新しく「角皿 たまり」が加わります。
これまで ARAS は、テーブルの上を彩るあらゆるラインナップを充実させてきましたが、その多くは丸いカタチの器でした。しかし、日々の食卓を想ったとき、和食の焼き魚やお刺身はもちろん、洋食のテリーヌや前菜、中華の点心といった料理をコンパクトに、そして美しく設えるための「長方形のお皿」は、あらゆる食の風景において、まだ埋まっていない大切なピースでした。
この度、ようやくみなさまに紹介できる機会に恵まれました。
今回は、その制作の舞台裏に流れる、作り手たちの真っ直ぐな想いをお届けします。
上出 博道/開発部 マネージャー 金型設計・加工開発部(石川樹脂工業)
河田 克明/開発部 サブマネージャー 金型設計・CAE 解析(石川樹脂工業)
柳井 友一/プロダクトデザイナー(secca)
石川 勤/開発者(石川樹脂工業)
嶋津 亮太:インタビュアー(ダイアログ・デザイナー)
動画でご覧になりたい方はこちら(約30分)
\角皿が産声を上げた日/
角皿の開発がスタートしたのは、およそ 2~3 年前。ブランドを立ち上げた初期段階から
「角皿がほしい」という声は上がっていたものの、メインとなる丸皿が揃うタイミングを見計らっていた時期。プロダクトデザイナーの柳井さんから、開発チームの上出さんと河田さんに角皿のデザインが渡されます。それを見た二人の愕然とした表情から物語ははじまります。
上出:
最初の感想は、「……本当にできるのだろうか?」でした。樹脂成形の基本は「上下左右が対称」ですが、柳井さんの提案したデザインはそのルールが全く当てはまらない形状です。さらには、テーブルに触れる「高台」は 7mm と分厚く、縁に向かって 2mm まで薄くなり、厚みもバラバラ。これまでにも難易度の高い ARAS のプロダクトを作ってきてはいたものの、角皿に対する知見があったわけではないので、まさにゼロからの挑戦でした。
なぜ、そこまで難易度の高いカタチにする必要があったのか。そこには柳井さんの譲れないこだわりがありました。
柳井:
さっと持ち上げやすいよう、高台に指がかかる高さを設けました。テーブルにベタっと着いているよりも少し浮いて見えることで、重厚な形でも軽やかな浮遊感が生まれます。
ARAS の割れない素材の特性を活かして、「緊張感があるけど安心して使える」というせめぎ合いをカタチにできればと思いました。
何より、ポイントとなったのは角皿の名称の由来となった「たまり」の部分。普通のフラットなお皿を作るのは簡単ですが、それではお醤油やタレが料理と混ざってしまいます。
その小さなストレスをさりげなく解決したいという想いが、この器のアイデンティティとなりました。
そして、この「たまり」こそが技術的に最も困難なポイントだったのです。
「できない理由」を言う前に、まずやってみる
河田:
ARAS のプロダクトはすべて柳井さんが提案するデザインからはじまっています。どうして
もできない場合には上出さんから「ここを変えてください」という話をすることもありますが、それは物理的に不可能な場合のみです。なるべくデザインを忠実に再現しようとするのが私たち金型部門のスタンスです。「とりあえず作ってみよう」がいつもの流れです。
柳井:
石川樹脂工業には、「できない理由を言う前にやってみよう」という精神があります。今回の角皿開発においても、専務の勤さんの「最悪、作り直したらいい」という一言が、現場の挑戦を強く後押ししてくれました。
上出:
作り直す前提でデータを渡すことはしませんが、「期待を超えて良いものをつくりたい」という想いが私たちにもあります。まず形にすることではじめて具体的な課題が見えてくるそれをどう解決していくかをみんなで議論して、優先順位をつけながら修正を重ねてきました。
「できないから違うデザインに」とシフトするのではなく、「いかに提示されたデザインを表現するか」にフォーカスした建設的なコミュニケーションがそこでは交わされていました。形状変更・金型修正・素材調整……新しく作り変えるごとに別の問題が現れ、その度に議論して、工夫を重ねながら解決策を練る。開発チームは、気の遠くなるような実験的な検証を繰り返します。
上出:
通常の成形工場とは違うことを行っている気がします。成形性は後回しにして、デザインの再現を第一に考えていますから。利益や不良率は全て後回しです。
ここで鍵となったのが、CAE 解析と呼ばれるコンピューター上でのシミュレーションです。金型を作る前に、樹脂がどのように流れ、固まる際に見当違いな方向に「反り」が出ないかをデジタル上で予測する、いわば「設計の予行演習」です。
柳井:
他の樹脂成形を扱っている会社だと、おそらく門前払いされるデザインです。僕の提示したデザインは、決して量産向きではありません。「厚肉の製品は樹脂化しない」という考え方が一般的ですが、ARAS はその常識を覆し続けてきた歴史があります。
河田:
一つの商品でこれほど解析をかけた製品はありません。合計で 10 パターン以上やりましたが、これは異例とも言える回数です。「これでいける」という合格ラインを見つけられるまで、悔しい想いをしましたね(笑)
上出:
柳井さんと議論しつつも、お互い最後のゴールが見えていて、全員が納得できるところへ落とし込む。「全員の納得」、そこが最後の意思決定かなと思います。

絶対的な信頼と、プロダクトへの誇り
なぜ、これほどの難題に一丸となって立ち向かえるのか。それこそがインタビューの中での最大の疑問でした。そして、その答えの中に、ARAS というブランドの強さの理由が垣間見えました。
上出:
多分、自分たちの商品だからだと思います。受託製造の商品を預かるのとは違って、自分たちが納得できるまで品質を追求できます。その環境が、強い結束力につながっているのではないでしょうか。
河田:
柳井さんの解説やフィードバックを聞いていると「なるほどな、そういうところまで考えているんだ」と、器のカタチ一つひとつに意味が込められていることにハッとさせられます。みんな本当に真剣なんです。簡単に諦めるわけにはいきません。
柳井:
これまで樹脂成形のセオリー通りにしかできなかったことが、このチームだったら乗り越えられる感覚は初期の頃から抱いていました。このチームには、絶対的な信頼があるんです。世の中に出す以上、全員が「自分が作った」と胸を張れる、後ろめたさのないものにしたい。陶器では実現できない複雑な形状を、樹脂の可能性を最大限に引き出すことで実現したこの「角皿 たまり」は、結果的にチームにとって大きな自信をもたらしてくれました。
デザインは、所作への敬意
デザイナーの柳井さんがこの器に込めた想いは、日本人が食事をする際の「自然な所作」への深い洞察でした。
「右利きの方なら、お魚の頭を左にして置きます。そのとき、引き手側に醤油があれば、そのままスムーズにつけて食べることができますよね」
そんな日常の何気ない動きの中に、無理のない機能を仕込む。大げさな主張はせず、極力少ないデザイン言語で「ストレスのない心地よさ」を形にすることに注力しています。
ARAS チームの姿勢は、かの美術評論家の柳宗悦が提唱した「用の美」を思い起こさせます。柳氏は、名もなき職人が作る日用品の中に、作為的な美術品を凌ぐ美しさを見出しました。それは「美しくしよう」という個人のエゴではなく、ただひたすらに「使いやすく、丈夫で、誠実であること」を突き詰めた結果として、後からもたらされる美しさです。柳井さんのこだわり続ける人間が無意識に行う「所作」への深い想像力と敬意。そして、妥協することなく、忠実に再現しようと努める開発チーム。これこそが、現代における「用の美」と言えるかもしれません。まさに、この角皿は美学と工学のアンサンブルです。
作り手の心が変わることで、世の中に伝わっていく
初期から ARAS が掲げてきたサステナブルには「大切にしたいモノをつくる」というテーマが含まれています。環境に良い素材や仕組みにこだわることもそうですが、その前に「捨てられない、愛おしく想えるモノ」を作ることで、使い手の気持ちに「モノを大切にする心」を共有したいという想いがあります。ブランド設立から6年が経った今、ARASがもたらした心の変化、その実感についてお伺いしました。
上出:
本音を話すと、以前まで弊社で製造しているプラスチック製品の中で「欲しい」と感じる商品はありませんでした。ただ、ARAS のプロダクトに関しては「家で使いたい」という想いがあります。もちろん、お客さまがどんな感覚で使っているのかを自分でも体験したいという目的もありますが、それを抜きにしても選びたい。私自身、食卓が楽しい感じになった気がしています。
社内を見ていても、「自分たちの商品である」という責任感を抱く社員が増えた気がしま
す。「自分たちの商品だから、いいものを提供しよう」という製造現場の意志も見えてきました。
河田:
僕も家で使っているのですが、僕よりも妻が「大したことのない料理でも、このお皿に盛りつけるとすごくおいしそうに見えるね」と喜んでいて、ARAS の器に込められた想いを身近なところで実感しています。
ARAS は、樹脂製の食器としては決して安いとは言えない商品だと思います。それでも多くの方に愛され続けているのは、「割れない」「生涯補償」といった機能に加え、「良いものを永く、大切に使う」という価値観がお客さまに届いているからだと確信しています。
柳井:
“自分ごと”として開発に取り組んで、その延長線上に自分が使いたいモノが設計される。
その内部のやる気は伝播してエンドユーザーにも伝わると思っています。割れない丈夫さと持ちやすさ、そして「飽きない」こと。時代を超えて愛されるモノを作ることが、ARASの一つのテーマです。
そして、最後に開発者としてすべてのプロジェクトをまとめる石川さんの言葉。
石川:
製造・設計メンバーが、自分の手で作ったプロダクトを自分の子どものように大切にしている。それが何よりの変化だと思っています。自分たちが大切にできないプロダクトでは、お客さまも大切に使っていただくことはできません。自分たちの心が変わることで、世の中に少しずつ伝わってゆく。これからも、そういうブランドになっていきたいと思います。
ARAS を届けることで多くの人に「モノを大切にする」という心の変化をもたらす。それ以前に、最大の変化は作り手自身の心にありました。割れない丈夫さに甘んじることなく、思わず丁寧に扱いたくなる持ちやすさや、時代を超えて愛される「飽きない」デザインを追求すること。作り手たちの心が変わることで生まれた価値は、これからも食卓を通じて、多くの人のもとへ伝わっていくのだと思います。
インタビューの中で上出さんがこぼすようにつぶやいた言葉が印象的でした。
「金型は一つしか作らないので、一度作ってしまうとそこから大きく構造を変えることはできないんです。開発の中で、『もっとより良くできる』という発見が何度も訪れます。その全てを次の製品に生かしていきたいんですよ」
決して満足することなく、「豊かな食体験となる器とは何か」を考え続け、カタチにし続ける職人たち。ARAS の商品は、そんな人たちの手で一つひとつ作られています。
そのようにして作られた「角皿 たまり」。
ぜひ、お手に取って食卓に楽しい気分を彩ってみてください。
文・編集/嶋津亮太(ダイアログ・デザイナー)


















